あれは03年だっただろうか。
その年 SS席のシーチケを買っていた私ら(私+カミさん)は
「今年はどんな人がご近所さんになるのか?」 が興味の的となっていた。
と言うのも 以前書いたように(蹴馬鹿の窓no.2 「とっちらかりオヤジ現る」参照)
指定席のシーチケはゾーンが決められ
ご近所の顔ぶれは年間同じだからなのだ。
まぁ…当たり外れがあるわけだ。
迎えた開幕戦。札幌ドーム。片手にシーチケを持ち
番号を確かめながら 座席を探す。ちょうど真ん中の真ん中。
眺めとしては悪くない。後はご近所の人柄だ。
端っこのおっさんの膝を軽く蹴りつつ 中央の座席へと向う。さり気ない牽制だ。
席へと座り 辺りを見回す ほぼ30~40代の方々。まさにコンサポ層真っ只中だ。
おそらくこのメンツが1年間 ご近所になる方々 よろしくお願いします
そんなことを確認しつつ 試合開始を待つ。
が 私らの左隣3つほど 席が空いたままだった。
試合開始が近付くにつれ 隣にどんな人が来るのか 非常に気になった。
若いのか?おじさんか?おねえさんか?ムカつくやつか?
とにかくシーチケの人であることに違いない。1年間隣の人になるのだ。気になる。
だがなかなか現れない。シーチケを持って席を探す人を見るたび
「この人か!」と思うが 皆 違う席に座る。
そしていよいよ試合開始となった。
シーズン開幕である。もう隣のことなど忘れて試合に集中しよう。
そう思った時 「…すいません …すいません」 と進入してくる声が聞こえた。
来た!こいつが隣のヤツだ!
試合を見るようにして パッと隣人を見た。
20代中頃だろうか スーツを着た男性だった。
よく見ると その隣には奥さんか恋人らしき 女性もいた。
ごくごく普通の男女であった。よく分からないが何かほっとした。
2人は 座って少しの間 会話をしていたが
試合が進むにつれ 男の口数が減っていった
前半の中頃を過ぎた辺りだろうか 男はおもむろに上着を脱ぎ
バッグの中からレプリカユニを取り出した。
そして 無言のまま それを着だした。
その瞬間から 男は豹変した。
ゴール裏のコールに合わせ 声を出す。その声がデカい。半端なくデカい。
真横で聞くと「ドーン!!」だ。
コ~ンサ ド~レ ではない。ドーン!だ。爆発音に近い。そうとうな声量だ。
だが この辺りのゾーンは ほとんどコールを合わせる人はいなかった。
だいたいが「頑張れ~」や「走れ~」といった声援だった。
その中で ドーン! 10人分位の声量で応援していた。
場所柄 若干 いや 確実に男は浮いていた。それでも止める事はない。
私は僅かな感動を覚えつつも その男に同調する事はなかった。周りも同じだった。
男の声量。臆すことなく続ける度胸。レプリカユニ。シーチケ。
どれをとっても 筋金入りのサポーターだ。
また コールも全て完璧である。出だしの音も狂う事なくズバっと行く。
そんな彼の様子から「今まではゴール裏だったな」と思った。
それまではゴール裏で応援していたが この年 女のためにSSにした。
そう予想した。でなければSSの席にいる事自体 不自然なキャラクターだった。
となると気になるのは女性の方。
サッカーもしくはコンサドーレが好きで 一緒に来ているかどうか…
さり気なく女性の様子をうかがう。
「………」 女は シ~ン… だ。 無表情だ。 興味なしだ。
これはマズいんじゃなかろうか。
男は ド~ン!。 女は シ~ン…。 温度差があり過ぎる。
それでも男の声援が止む事はない。ほとばしる情熱が冷めることはない。
試合も気になるが こちらの攻防も気になる。大丈夫なのか この2人。
そんな事を気にしてるうち 開幕戦は終わってしまった。
帰り道 カミさんと話し合った。 チームの事より あの2人の今後を。
そして 翌ホーム。 隣の席は 空いたままだった。
もしかすると用事で来れなかっただけかもしれない。
だが その翌ホームも そのまた翌ホームも 2人が来る事はなかった。
その後 隣の席は 私らの荷物置き場となっていた。
「シーチケじゃなかったのかな」 カミさんが言う。
そうかもしれない。
あの日 あの開幕戦 たまたま指定で買った2人だったのかもしれない。
その後 たまたま 隣の席を買った人がいなくて 空いてるだけかもしれない。
周り 全てがシーチケの人であっても この隣だけは違うのかもしれない。
いろんな憶測を呼びながらも シーズンは進んでいった。
私らの左隣 シーズン初日のみ使命を果したシートは
その後 主人を待ち続けるハチ公のように
ただ ひたすらに佇んでいた。
その間 チームは散々とも呼べる戦いをしていた。
ご近所の方々の声も どんどん荒くなる。終いには本人すら意味不明な罵声だ。
野次と溜息の繰り返し。どこにもポジティブな声はない。
あの時の彼がいてくれたら 少しはこのご近所の空気も違っていたかもしれない。
そんな思いが過ることもあった。
そうして向えた最終戦。
いつものように 隣の席へ荷物を置き 試合開始を待った。
と そこへ
「あの… すいません」
振り向くと 男性が立っていた。隣の席を指差している。
!! あの彼か! 瞬間 カミさんと顔を見合わせた。
だがダメだ。顔を忘れてしまっている。 う~ん この人だっただろうか?
カミさんに確認するも 忘れたらしい。う~ん 思い出せない…
そうだ!女!女性の方はどうだ? そう思い ひとつ向うを見てみた。
だが 女はいなかった。 男 ひとりで 席に座っていた。
隣の男が 開幕戦の男と同じである事は その声量で すぐ分かった。
試合開始から ド~ン!と爆発するような声で応援していた。
間違いなく同一人物だった。
思えば 彼は 開幕の時より もっと大きな声で応援していた。
何かを振り切るような… 何か 憤りを全て応援へと変えるような
力強くも 切ない 声援だった。
その時ばかりは 彼と同調した。一緒にコールした。
結局 女は来なかった。
隣の隣 開幕戦 彼女が座ったシートには それきり誰も座る事なく
シーズンを終える笛は吹かれた。
男はすぐに席を立ち そのまま振り返る事なく 去っていった。
開幕戦は2人。最終戦は1人。
ただこれだけの事を 勝手に想像しただけの話しである。
もしかすると ゴール裏で声を出していたかもしれない。
転勤など 仕事や家庭の事情で 来たくても来れなかったのかもしれない。
ただ隣の席だっただけの私らには 2人の真実を知る由もない。
それでも。
1年間 一緒に観戦するつもりで買ったシーチケ。
2人の中の事情で 席を埋める事は出来なかった。
そこにどんな物語があるのか 後はご想像にお任せします。
1年間の約束をするシーズンチケット。
いろんなリスクと物語があります。
これまでのパスを捨てられないのは そのためだからでしょうか。
最後に。
あの大きな声の彼へ この歌を捧げます。
『大きなたまねぎの下で』
爆風スランプ
~♪ 貯金箱こわして 君に送った チケット
時計だけが 何もいわず 回るのさ
君のための 席がつめたい
福住へと 駅に向かう人の波
僕は一人 涙をうかべて
揺れる歩道 36線 振り向けば
丘の上に 光る玉ねぎ ♪~