死闘 ~そして ゴクウの逆襲!~
「それでは くそ貧乏どもの皆々さま
これよりバスは函館へ向けて発車しまーす」
ピクッ
旅行会社・社員の挨拶に軽いダメージを受け バスは発車した。
このツアーは札幌駅の他 真駒内駅でも集合場所となっていたため
まずは真駒内を目指し 街中をひた走る。
と その時だ。発車して僅か5分後。
後頭部の奥に ズ~ン ズ~ン と鈍い痛みが波打つ。
それと同時に 下っ腹が 重々しくグネグネとうねり出す。
な なんだ? オレの体に 何があったんだ?
灰色の空。枯れた並木。冷たいビルの群れ。
窓にうつる街並みを眺め 気を紛らわそうとするが 体調はますます悪くなった。
痛みとうねりは交互に押し寄せ 絶え間なく攻撃してくる。
こ これは もしかして…
ゴクウ 「
バスに酔ったよ」
三蔵にそう告げると ニヤッとした。
…これも 修行よ。そう言いた気だった。
なるほど。おそるべし西遊記。觔斗雲のシート。幅60cmの狭さ。そして酔い。
旅に出て僅か5分でこれだけの攻撃を浴びせてくる。やはり手ごわい。
ゴクウはすでに折れていた。心がまっぷたつに折れていた。
觔斗雲号は真駒内を出て 中山峠で休憩をとる。
三蔵 「ゴクウよ 揚げじゃがでも食べるか?」
ゴクウ 「……無理」
三蔵は またニヤリとした。
寝れば酔いも治まるかと思い 寝ようとする。 と 今度は後ろから攻撃だ。
沙悟浄と猪八戒だ。
沙悟浄 「したらね ご飯さ 残ってたから冷凍してきたさ~ ギャーハッハッ」
猪八戒 「なんも~ おにぎりにして持ってきたらよかったっしょ~ ギャーハッハッ」
爆笑だ。
分からない。その会話のどこら辺が爆笑なのか分からないのだ。
うるさくて眠れないわけじゃなかった。爆笑のポイントが気になって気になって。
狭さ。酔い。会話。眠れない。あらゆることが渦巻いた。
気を紛らわそうと雑誌を読み出した。
三蔵 「フッ… ゴクウよ 勇気あるな 雑誌を見るとは」
その言葉にハッと気がついた。バスの中で本を読んじゃいけない。
修学旅行の時 先生に言われたじゃないか!
忘れていた…不覚だった。 酔いは一層激しく襲ってきた。
ありとあらゆるものが歪んで見える。頭のズンズンがオーケストラを奏でる。
胃の中では鼓笛隊だ。ドコドコうごめいている。ヤバい。限界が近い。
ゴクウ 「
三蔵さま もうダメかも…しれな …い」
と言った時 バスは次の休憩ポイントに止まった。ギリギリセーフだった。
長万部。ここで昼食をとるらしい。取り合えず降り 新鮮な空気を吸った。
しばらくは回復に努め 落ち着いてからレストランに向う。
がしかし 大混雑だ。すぐには食べられそうにない。これも試練なのか?
だとすれば実に隙のない攻撃だ。だがこのまま引き下がるわけにはいかない。
何かを食わねば。体力をつけなければ。これから戦うことは出来ない。
レストラン以外の店を探した。と その時 三蔵が呟いた。
三蔵 「長万部と言えば やはりカニメシであろう」
その目は 大至急買って来い と物語っていた。
ゴクウは何も言わず カニメシを探した。だが見つからない。
長万部=カニメシと言って過言でないはずなのに カニメシが見つからない。
慌てた。手ぶらで戻れば三蔵にヤキが入る。バス酔いどころではない怖さだ。
さっきのレストランならあるかもしれない!
ゴクウは咄嗟に閃いた。レストランへ入る。やはり大混雑だ。
定員を呼び止め「ここにカニメシはあるか?」と聞いた すると
「はい ありますけど 20分ほどお時間が掛かりますが」
なに!20分!こっちは時間厳守のバスツアーだ。
そんなタイムロスは許されんのだ! と喉まで出かかったが何とか堪えた。
だが そうとなればカニメシはあきらめるしかない。
戻ったらヤキだな。そんな覚悟を持って 三蔵の元へ戻った。
三蔵は 立ち食いソバを2つ買って 待っていた。
戦って負けたのだから仕方がない。
そう言っているかのような目で三蔵は天ぷらソバを手渡してくれた。
2人黙ったまま ズルズルとすすった。
長万部で立ち食いソバを。カニメシもなく。
長万部を出た觔斗雲号は 1時間半ほど走り 「昆布館」へ着いた。
「さぁ土産を買え」というポイントだ。非常に気に入らない。
だいたい頼んでもいないのに なぜ「昆布館」なのだ。大きなお世話だ。
この施設をちょっと紹介すると。
函館の手前 七飯町にある 昆布を使った食品工場。
施設内は工場の他 土産用の昆布食品が多く販売され
ここを訪れた人はほとんど買って行く。
さらに昆布資料館もあり映像や展示物を見ることが出来る。
さほど乗り気ではなかったが せっかく止まった場所 降りてみた
降りがけにドライバーが言った言葉を ゴクウは聞き逃さなかった
「
どうぞ試食して来て下さいよ」
なにっ ししょく だと?
ニヤリ。
試食!最近この言葉にとても敏感だ。試食。これほど素敵な言葉はない。
館内に入るとかなり広く販売コーナーが設けられていた。
そして どの商品にもその横には 試食のケースがパッカリと口を開き
「どうぞ召し上がれ」と言わんばかりに 我々を待ち構えている。
「さ 三蔵さま これ食っていいんですよね」
三蔵は“うむ”うなずく。 瞬間 ゴクウは館内を所狭しと走り回った。
立食パーティーの開始だ。テレポートするかのごとく試食から試食へ
とろろ…モグモグ 佃煮…モグモグ 海苔状のとろろ…パリパリ
「う うまい!三蔵さま これうまいっす! あ これも こっちも」
あまりにもなテンションに 三蔵は引いた。ずっと遠くで他人のフリをしていた。
一通り食い終わると 工場見学をした。ベルトコンベアで次々と商品が出来てくる。
あーなるほど。この商品があーなって ここでこうなって ほー…
時間ギリギリまで見学した。帰り際もう一度試食も食った。
昆布館を心行くまで堪能した。
觔斗雲号へ戻ると ゴクウは完全に回復していた。
昆布館を完全制覇した。この旅始まって以来 初めての勝利だ。
ゴクウ 「三蔵さま おれ勝ちましたよ 昆布館 ガッツリやっちゃりましたよ」
ゴクウの鼻息は荒い。だが上には上がいる。まだまだ甘かった。
すぐ後ろの沙悟浄は 片手一杯 試食品を握っていた。そして高笑いだ。
恐るべしオバちゃんパワー いや 沙悟浄たち。
昆布館を出ると 函館まではあっという間。
天気も良くなり 紅く傾いた日が函館の街並みを照らしていた。
ゴクウ 「三蔵さま 函館に着いてからの予定はいかがいたしましょう」
三蔵 「今夜か まずは風呂に入って 飯を食う 晩飯は5時半だな」
ゴクウ 「ん!5時半でございますか?」
三蔵 「なにか不満か? まさかゴクウよ 昆布館の試食で満腹だと申すのか?」
ゴクウ 「! めっそうもございません! 5時半 かしこまりました」
午後4時 湯の川温泉 某ホテル到着。
長かった。あの強敵 觔斗雲号シートと戦い続けること7時間。
ヤツの攻撃はボディブローのようにジワジワと効いてくる。
しかもこちらには防ぐ術がない。ただ打たれ放題の7時間。長すぎた。
そして今 ようやく開放され 觔斗雲号を降りた。
ゴクウ「オレは耐えたゼ リタイヤしなかったゼ」
觔斗雲号シートの攻撃に耐え 昆布館を制覇した。
すでに勝利の余韻に浸っていた。 函館 恐るるに足らずだ。
ゴクウの表情には達成感が漲っていた。
三蔵 「ゴクウよ 喜ぶのもいいが
帰りもこのバスじゃぞ」
その一言で またも奈落の底へ突き落とされた。
耐えられるのかゴクウ! そして函館の修行は!
美味いもん食ったか? 観光は?
次々と現れる強敵! 果たしてゴクウは その運命やいかに!
西遊記はまだまだ続く!