「北の地が荒れている」 「人々の心が荒(すさ)んでいる」
その噂はハマに住む大賢人・ディドの耳にも入っていた。
かつて暮らした北の地サポローレ。その町が輝きを失いつつあるのだ。
ディドは心を痛めていた。何とかしたい だがハマを離れるわけにもいかない。
そんなある日 ハマにも大きな出来事が起こった。
王宮崩壊。大賢人として仕えていたディドの居場所も危うくなった。
「…ならば サポローレへ向うか…」
そう決意し ディドは北の地へ旅立った。愛する町を救うべく。
果てしない道を歩き続け ようやく辿り着いた北の地。
だが そこに見たのは 想像を遥かに超える 荒れ果てた姿だった。
「…な なにが この町に…いったい なにが…」
その変わり果てた町を見て愕然とするディド
しばらくの時間 ただ立ち尽くしていた。
と その時 どこからともなく声が聞こえる
「…んな さ…い ご めん…な さ …い」
ディドは声のする方を見た。そこには数人の男がいた。
何事か?と近寄った。すると男達に囲まれ中央に1人の男がうずくまっている。
「おまえのせいだ!」
「おまえがしっかりしてれば こんなことにならなかったんだ!」
「すいません ごめんなさい」
うずくまった男は必死に謝っている。だが男達に許す気配はない。
「どうなされた? こんなに大勢で 一人の人間を」
ディドが言う。すると男達が一斉に振り向いた。
その目は人の目とは思えないほど 凶暴で 憎しみの火が宿っていた。
ディドは一瞬 恐怖に襲われた。それほど危険な目をしていたのだ。
「こ これは… “人々の心が荒(すさ)んでいる” その噂は本当のようだ・・・ 」
何がこれほどまで人の心を変えたのだ?その疑問が沸き起こった。
ディド 「皆さん 私をお忘れですか? ここは私に免じて どうか…」
ディドがそう言い微笑むと 男達はハッと我に返ったように穏やかな顔になった
男達 「デ ディ ディドさま ですよね?」 「おお あのディドさまだ」
そう口々に言い 去って行く。その目から憎しみの炎は消えていた。
ディド 「大丈夫ですか?起き上がれますかな?」
うずくまっていた男を抱きかかえると 男は力ない声で 「すいません」 と言った
肩に腕を掛けようやく立ち上がる男 始めて顔を上げた。
と その時 「あっ」 ディドが思わず声を上げる。
起き上がった男は 見覚えのある顔だったのだ。同時に男も気付く。
ディド 「君は!」 男 「ディドさま!」
男 「覚えてますか? 僕です ユウシ・ソウダです」
ディド 「ああ 覚えてるとも ユウシだな 覚えてるとも」
ユウシ「・・・でも なぜ ディドさまが 今 この北の地へ?」
ディド 「ああ 噂を聞いたもんでな だが なぜ君がこんな目にあうのだ?」
ユウシ「… それは…」
ディド 「まぁ その話しは 後でゆっくり聞こう 今は休みなさい」
ユウシ「… は はい…」
ユウシはそう言うと気を失ってしまった。
“北の地が荒れている いよいよもって深刻なようだ…”
ユウシ「 …こ ここは?」
むくりと起き上がったユウシ だが頭の天辺に激痛が走る
ユウシ「あ 痛っ…」
ディド 「まだ 無理せんほうがいい 横になってなさい」
ユウシ「…あ はい… 」
ディド 「ここは 北の都の近くじゃ ここなら安全だからな」
ユウシ「ありがとうございます…それで …こんな風になった原因なんですが…」
ユウシはそう言うと ゆっくりとこれまでの経緯を語り始めた
大賢人ディドがこの都・サポローレにいた頃は 全てが輝いていた
華やかな町並み 活気ある人々 人も木々も風さえも優しく包んでいた
一番の思い出は あの風の谷アツベツで起こった奇跡
誰もが諦めかけていた時 ディドの勇気が奇跡を生んだ
その時からディドは大賢人となったのだ。
だが その幸せな日々は長くは続かなかった。
ディドが去ったと同時に 北の地には不穏な雲が増えていった
町人は「すぐに晴れるだろう」と思っていたが その雲は一向に動くことはなく
むしろ どんどん増えた 重く圧し掛かる雲は 次第に人の心まで蝕んでいった
時々僅かな隙間から光を見るが また重い雲に埋もれてしまう
何度も希望を抱かせては失う そんなことを繰り返した。
いつしか人々の心には 失望と欲望 そして憎悪しか残っていなかった。
ユウシが負った傷は そんな憎悪の表れだった。
経緯を語り終えると ユウシの目から 一粒の雫(しずく)が零れ落ちた。
ディド 「…そうか …失望と憎悪か 」
ユウシ 「…そうですね きっと …でも もういいんです あきらめました
この町は変わりません 希望なんかいらないんです」
トントン トントン ドアを叩く音がした 一瞬 ユウシが怯えた顔をした
ディド 「大丈夫じゃ この家の主人 シマフクさんじゃ …どうぞ」
シマフク「 もう起きて大丈夫なんですか?」
ユウシ 「 あ はい おかげでだいぶ良くなりました」
シマフク「そうですか それはよかった」
シマフクの後ろにはひとりの少年がいた。
ディド 「おや?その子は?」
シマフク「ええ 今 この家で一緒に住んでいる子なんですよ」
ディド 「ほぉ どれ 顔を見せてくれ」
少年はシマフクの影に隠れていたが 背中を押され姿を見せた
ディド 「おやっ?」
ディドはそう言うと 少年の目をじっと見た
ディド 「君はサポローレの子だね 私の知っている青年によく似ている」
シマフク「あら ディドさまもやっぱりそう思います?」
ディド 「ああ よく似ている コウジに… 名は何と言うんだ?」
少年 「… ケ ン ゴ …」
そう言った少年の目は どこか寂し気で その奥には怒りの炎が見えた。
ディドはその目を見て 「ほぅ…」 と一言だけもらし 黙った
ユウシ「君は北の都には行かないほうがいいよ あの町には何もないよ」
その言葉を聞くと ケンゴの目は 怒りの炎がさらに大きくなる
バタン ケンゴは何も言わず部屋を飛び出して行った。
シマフク「あの子は ずっとサポローレで育った子なんですよ
きっと誰よりも心を痛めてるのは あの子なんでしょうね」
ディド 「…そうか あの子のためにも 何とか救いたいものだな
とにかく明日 町に行ってみよう 何が原因か分かるだろう…」
ユウシ 「… … …」
ディド戦記 後編へつづく