「北の地が荒れている」 その噂を聞き 大賢人ディドは旅立った
そこで偶然 再会したユウシ だが彼は町人から迫害されていた
噂は本当だった 町人の心は失望に蝕まれ 憎しみの炎に呑まれていた
「なぜにこれほどまで変わってしまったのか」 その謎を探るべく
ディドとユウシは都へと向った。
「どうすれば この地を救えるのか?」 ディドの心に深く木霊(こだま)した。
都は大勢の人が行き交っていた。
一見 昔と変わりはないように見えたが 何かが違った
店も 人も 木々や風さえも 何か重く感じられ 華やかな輝きを失っていた
人々は目的もなく歩き その目には力が感じられない
そして うわ言のように 何かを呟いている
町人 「…勝ち点 …勝ち点」
町人 「…昇格 …昇格」
町人 「…外人 …外人」
そう意味不明な うわ言をただ繰り返し さ迷い歩いている。
かと思えば 急に凶暴になり暴力をふるう
大きなマントで身を隠していたユウシは無事ではあったが
またいつ襲われるとも知れない恐怖に怯えていた。
ユウシ 「…ディドさま この町はなぜこんな風になったのでしょうか?」
ディド 「…うむ 私にも分からん 昔は希望に満ち溢れていたのに…」
ユウシ 「できればこんな様子をディドさまに見せたくなかった…」
ディド 「…いや こうなった原因は 私にもあるんじゃよ…」
ユウシ 「…?えっ?どうしてですか?」
ディド 「私達が この北の都を去る時のことを覚えておるか?」
ユウシ 「…はい …覚えてます ハッキリと」
ディド 「私らは この町を都にした 活気ある町にした
だが それは作り上げたのではなかった
借りてきたものばかり 買ってきたものばかり
この町で作り出したものは 何一つなかったのだ」
ユウシ 「…でも あの時は希望に満ち溢れていました 夢がありました」
ディド 「…夢か …確かにあったかもしれない
だが その夢はいつか覚める夢 眠っている時に見る夢だったのだ」
ユウシ 「…………」
ディド 「目覚めてしまえば そこに現実が待っている
それを置き去りにしたのだ」
ユウシ 「ディ ディドさま…」
ディド 「だから 私にはこの町を蘇らせる責任がある そう思っているのだよ」
ユウシ 「…できるのでしょうか …本当に蘇らせることなど できるのでしょうか…」
ディド 「…それは難しいことじゃ だが 出来ないことではないぞ」
ユウシ 「本当でしょうか?そんな事は無理じゃないでしょうか…」
ディド 「いや出来る まずはユウシ 君が変わる事じゃ 希望を勇気を持つ事じゃ」
ユウシ 「…私が? …希望を? 勇気を?…」
町人 「おい あれ あそこ見ろ あのマント ユウシじゃなぇか?」
町人 「…ん! お!そうだ!あの頭 ユウシだ! あのヤロー!!」
数人の男達がこっちに向かい走って来る。手には武器も持っている。
その目は昨日の男達と同じ 憎しみの炎が赤々と燃え上がっていた。
ディドとユウシは必死で逃げた。あの憎悪は易々と消えるものではない。
だが 憎しみの炎は人から人へ 次々に広がって行く
さっきまで力なく さ迷い歩いていた人間でさえ 憎悪の目を向けてきた
ディドとユウシは とうとう追い込まれてしまった
町人 「謝れ… 謝れ…」口々にそう呟き 向ってくる
ディドが何を言おうと聞こえない。憎しみの炎で焼き尽くされていた。
ユウシ 「…た 助けて お願いします …助けて下さい …お願いします」
必死に懇願するユウシ だが憎しみに支配された人々は
その足を止める事なく向ってくる 何人も何人も
すぐ目の前まで来た。 もう抵抗はできない。
ユウシは地べたに這いつくばり 詫びようとした
と その時
ケンゴ 「やめろ!ユウシ! 謝るな!」
ディドもユウシも 怒りに支配された町人も 一斉にケンゴを見た。
ケンゴ 「おまえが謝って解決するのかユウシ!謝るな!戦え!」
ユウシ 「…だ だけど …怖いよ 謝れば許してくれるよ」
ケンゴ 「違う!絶対違う! 許すとか許さないとか そんなことじゃない!」
ユウシ 「だって… 無理だよ 戦えないよ 怖いよ…」
ケンゴ 「 勇気のないやつなんて 大嫌いだ!」
ケンゴは そう言うと町人の中へ飛び込んでいった。
赤々と憎悪に燃える渦 その中へ たった一人で飛び込んでいったのだ。
ケンゴ 「その憎しみ 全て俺に向けろ! 消えるまで俺に向けろ!
俺には 希望があるんだ! だから負けない!」
町人の炎はますます広がり いつしかサポローレの町 全てを飲み込んでいた
その怒りが ケンゴへ 一点に絞られ 向う
ベクトルは一気に加速し ケンゴに襲い掛かろうとしていた。
すでにディドの力も及ばない。飲み込まれれば命も落とす憎悪だった。
ユウシ 「待て!」
その時 突然 ユウシが叫んだ。
そして 立ち上がるとケンゴのもとへ飛び込んだ
その跳躍力は人間の領域を遥かに越えた
町人達の足が止まる。空を舞うかのように飛ぶユウシ。
それは まさに竜の姿だった。
ユウシは降り立つと同時に ケンゴの前へ立ち
そして叫んだ。
ユウシ 「俺たちには未来がある まだまだ希望があるんだ!
だから 捨てないでくれ! 希望を捨てないでくれ!」
その言葉に町人達の足が止まった。
一人 また一人と後ろへ下がる。
二人を取り囲んでいた大きな輪は 少しずつ静かになっていった
そして 怒りに満ちていた表情が次第に変わっていく
町が サポローレの全てが 静寂に 包まれた。
ディド 「そうじゃ 希望じゃ!
この子らが持っている希望 それを信じてみるんじゃ!」
町人 「…キボウ?」 「…きぼう?」
町人 「…き 希望… 希望!」
町人 「…そ そうだ! 希望だ!」 「そうだ」 「そうだ!」
人々の目から憎悪が消えた。
あれほど赤々と燃えたぎっていた憎しみの炎は いつしかなくなっていた。
「希望」 その言葉が人々の胸を暖かく包んだ。
そして その目には 力が蘇っていた。
二人のもとへ歩み寄るディド
振り向く ユウシとケンゴ
その表情は その目は 希望に満ち溢れ 輝いていた。
ディド 「もう 大丈夫じゃな」
ケンゴ 「…だ 大賢人さま」
ディド 「…うむ ケンゴよ おまえの勇気には感心したぞ」
ユウシ 「ディドさま!」
ディド 「ユウシよ よく戦った おまえの本当の力があれば 願いはきっと叶う」
ケンゴ 「ありがとうございます」
ディド 「いやいや 私は何もしていない おまえ達の 勇気が 勝ったのだ」
ユウシ 「…でも なぜ 人々はあんな風になったのですか?」
ディド 「…希望を失ったんじゃよ」
ユウシ 「それだけで人はああも変わってしまうのですか?」
ディド 「そうじゃ 失望とは恐ろしいものでな 支配されてしまえば人を変える
残るものは 欲望と憎悪だけになるのだ」
ユウシ 「でも また失望すんじゃ… また変わっちゃうんじゃないですか?」
ディド 「いや おまえ達が希望を失わない限り 皆も失うことはない
おまえたちが失ったから ああなったんじゃよ」
ユウシ 「…そ そうだったんですか…」
ディド 「そうじゃ だからこそ これからが大事なんじゃ 分かるか?」
ケンゴ・ユウシ 「はい!」
ディド 「希望があるから 失望がある 失望があるから 希望がある
愛情があるから 憎悪がある 憎悪があるから 愛情があるんじゃ
それを忘れるでないぞ」
ケンゴ・ユウシ 「忘れません!」
ディド 「…うむ おまえ達の勇気こそが この町の光だ」
大賢人ディドは そう言い残すと 静かに去って行った。
行く先も告げず 別れの言葉もなかった。
いつかこの町へ戻ってくるのだろうか…。
見上げると 空は晴れ渡り
眩しい光がサポローレを照らした。
それは まさに希望が降り注いでいるように思えた。
ディド戦記 完