私は 断じて ミーハーではない。
さて いよいよ代表戦が明日に迫った。
日曜 すでに札幌入りしたとの情報を得て 昨日 早速 シェラトンへ行った。
なぜ行ったかと言うと 「代表視察」のためだ。研究及び視察なのだ。
断じて 「行ったら会えるかもしれない」 的な ミーハーなものではない。
しかも泊まってるか泊まってないか 知らないのに行ってみた。
結局 選手らしき人影も 同類らしき者も見かけず
「代表視察」は 残念な結果に終わった。
「イングランド代表が 北広プリンスに泊まってるみたいだよ」
あれは4年前の6月。
日韓W杯 イングランドvsアルゼンチン戦の行なわれる3日前だった。
「キタヒロにベッカムがいる」 その情報が入った。
そうとなれば 全ての仕事を投げ出してでも「視察」に行かなければならない。
急遽 カミさんと友人3人で 「イングランド視察隊」を結成し 北広へ飛んだ。
ちなみに飛んだと言っても 気持ち的なことで
札幌の隣にある北広島市 車で20~30分で行ける距離である。
北広島プリンスに着くと それらしき「ニワカ様ご一行」の方々がいた。
40~50人だろうか。思ったほど多くない 警備もさほど厳しくはなかった。
「ニワカ様ご一行」は 皆 手にカメラや色紙 ベッカムの本などを持って
一様にホテルの様子を窺っている。そして上階の窓のカーテンが開くたび
「キャー!!ベッカム~!!」 と奇声を上げた。
ベッカム本を高々と上げ 「これ買いました~!」とアピールしている。
窓から見てるのが ベッカムと信じ込んでいるようだった。
違う選手かもしれないのに いや 一般客の可能性もある。
だが彼女らに疑う様子はなかった。そして満足気であった。
ほどなくして 警備員がワラワラと出てきた。急に緊迫感が周囲を包む。
関係者らしき人物がスピーカーで言う
「間もなく選手が練習場に行きます バスが出ますので少しお下がり下さい」
これは予想外の展開だった。着いて20分ほどで この幸運な時間となったのだ。
“こんな間近で選手が見れる”そう思うと 俄然 胸が高鳴る。
気がつくと最前列にいた。おそらく知らずに “ちょっとごめんなさいよ”的な
動きをしたのだろう。私がドリブラーなら きっとワールドクラスだ。
そして待つこと20分。ホテル入り口に横付けされたバスに選手が乗り込んだ。
ロータリーを回り バスが向かってくる。周りは騒然となる。
バスが近付く 前列の選手が見えた。緩いカーブを描き 目の前を通る。
ゆっくりと 助手席側の選手全員の顔が すぐそばに見れる。
「おお おおお!!」 声にならない声が出た。
へスキーが見えた。オーウェンが見えた。 そして中央の窓側
ベッカムが見えた。
それはまるで 彼だけに光がさしているように
爽やかで キラキラと輝く笑顔を向け 手を振っていた。
「ぬぉおお!!」 またも声にならない声を上げた。
すぐさまカミさんと友人の所へ行き 「オレ ベッカム 見た」と自慢した。
みんな 見ていた。そりゃそうだ 全員の横を通ったのだ
そして口々に「目が合った」と言っている。
だが それは違う 本当に目が合ったのは私だけだ。残念だな。
私は 断じて ミーハーではない。
ベッカムバスを見送った後 一旦 「イングランド視察隊」は解散された
次のターゲットは アルゼンチン。すぐさま「アルゼンチン視察隊」を再結成した。
無論 ここの宿泊先も押さえてある。シェラトンホテルだ。
北広プリンスから車を走らせること20分。新札幌へ着いた。
ホテル前には大勢の「ニワカ様ご一行」がいた。200~300人はいただろう。
さすがにその中へ割込んで行く気にはなれなかったので
道路の向こう側で待つことにした。
ただひたすらに 待った。
6月とは言え その日 札幌には 冷たい風が吹き荒れていた。
寒さに耐えつつ ホテルの入り口をじっと見据えていた。
外国人が出入りするだけで「あれか!」と 何度もテンションを上下させる。
30分ほど経った時だろうか 大型バスが1台 入り口に横付けされた。
「これだ!これにバティが乗るんだ!」
急に 寒さも吹き飛ぶような熱気が 体を駆け巡った。
もう一瞬も見逃せない。集中力を最大限にまで上げ 入り口 一点を見据えた。
だが 出てこない。
バスが横付けされてから 10分経っても 20分経っても出てこない。
次第に集中力が切れ始めた。強風そして寒さのためか 眠気も襲ってくる。
「ダメだ 今寝たら命が危ない! いや そんなことより バティを見逃してしまう!」
己と格闘した。寒さ・睡魔 そして 「視察」 と言う使命。
集中力は完全に切れ掛かっていた。私がDFなら 今頃 大量失点だ。
とうとう1時間半が経過した。全ての事に限界が近付いた。
「オレは 何のために こんなことをしてるのだろうか?」
あらゆる事に疑問が湧いてきた。その度 内なる自分と闘う。
「もう少し待ってみよう」 「いや 限界だ」 葛藤が襲っていた。寒い。眠い。
バティか? 己の保身か? 内なる格闘の末 出した結論は
「バティを見るまで 帰らない」 だった。
そう決心すると 寒さなど気にならなくなった。
もう後は 何時間でも待つ そう覚悟したのだ。
そして 時は訪れた。
入り口付近が 騒然となり カメラのフラッシュが一斉にたかれた。
ホテル横 長蛇に出来た列 「ニワカ様ご一行」がうごめく
入り口ドアから選手が出てきている。 だが遠すぎて見えない。
道路の向こう側だと30mは離れていたのだ。これではマズい。
肝心のバティが見えない。焦った。
ここまで待ったのに バティが見れなければ 耐えた意味がない。
あ ベロンだ。あの頭は間違いないベロンだ!
ダメだ もっと近くに行かなければ。ベロンの頭だけでは満足できない。
走った。横断歩道を飛ぶように渡った。
バスが動き出す。待て!待つんだバス!バティに会わせろ!
横断歩道を渡りきった所で バスがちょうど目の前を通った
絶妙なポジショニングだ。私がボランチならランパード越えたはずだ。
全ての集中力を使い バスの窓を見る。探す。一瞬の内に探す。
見えた。 バティが見えた。
ベッカムのような笑顔はなかったが この目にしっかりとバティを焼きつけた。
バティはこっちを見ていた。間違いなく目が合った。
その口元が微かに動いた気がした。
「あっ kazuaさん…」 と。
全ての目的は達せられた。 ベッカムに会い。バティと心を通わせた。
代表視察という使命も十分に果たせた。
満足だった。
北広プリンス・新札幌シェラトンと巡る 視察隊の調査は大満足の成果だった。
キタヒロで1時間。シュエラトンで2時間。
僅か一瞬のために費やした時間は その労苦を忘れさせるほど至福の時だった。
特にキタヒロでは 翌日から警備が厳重になったため
かなり離れた所でしか 選手バスは見れなかったと聞く。
あれほど近くで見れたのは 幸運としか言い様がないのだ。
ゆっくりと そして爽やかに去って行く ベッカムの笑顔は 今も鮮明に残っている。
もう一度 言う。
私の目的は 戦術的研究による分析のための 代表視察である。
断じて ミーハーではない。
ただ シェラトンの前
寒風にさらされながら耐えた2時間はツラ過ぎた思い出だ。