それは延長戦後半
札幌コーナーキックの時だった。
蹴られたボールは新潟にクリアされ 混戦の中へフワリと浮く
と その時 一人の男が 飛ぶ。
それは天空を舞うがごとく どこまでも高く そして力強く 飛んだ。
そこに居た人々は 首が痛くなるほど空を仰いだ
カラスはその存在に驚愕し飛ぶのを止め 工場ではサイレンが鳴る
全ての生きとし生るものが 天空の男に注目した
遥か高く 重く立ち込めた雲を突き破り 太陽に届くほど高く 男は飛んだ。
そして 頂点に達する。
男は空を切り裂くかのように 右足を高々と上げた。
緊張と静寂が辺りを包む。
曽田が オーバーヘッドした。
90分が終わり2-2の同点。
互いに譲らない攻防は延長戦へと突入した。
疲労の度合いは両チームとも同じように思えたが
札幌側の表情には 重々しく沈痛なものがあった。
札幌不利。
誰の目からも その空気は見て取れる。
札幌の選手が硬い表情をするのも仕方のないことだった。
それは勝利まで残す事 あと10分の出来事。
GK佐藤の不注意なプレーから 同点を許してしまったのだ。
フッキをケガで欠き 交代枠を使い切った札幌に 次の1点は遠かった。
残される望みは「PK戦」のみ。PK戦ならば戦力差は埋まるのだ。
がしかしそこまで行くには 延長戦30分間を凌ぎ切らなければならない
失点の仕方。悪い流れ。疲労。戦力差。
全ての要素が 「札幌不利」 に傾いていた。
延長戦開始までの僅かなインターバル 前向きに切り替えようとするも
皆の気持ちの中は 上空の雲のように 重く湿っていた。
だが そんな時でも一人 虎視眈々と狙う男がいた。
曽田雄志。
その男だけは 「この延長戦こそ 活躍の場」と捉えていたのである。
それは決して前向きに捉えようとしたものではない。
彼の心の中は ポジティブでもネガティブでもない
ただ ただ
悔しかったのだ。
それは GK佐藤の あのプレーに対してである。
もう一度 よく考えてみよう 曽田雄志という男の性質を。
残り僅かな時間 全国ネットの中継を含め あの場面 誰もが注目する時間帯
そこで繰り出したGK佐藤
まさかのファンタジー
彼のプレーは日本全国を揺るがしたのだ。
佐藤自身が自ら引き寄せた注目 そして お膳立て。
この状況に 曽田雄志が悔しく思わないわけがない
しかもその手段に 「ファンタジー」 を使ったのだから 悔しさは倍増である。
だからこそ 「この延長戦は」と 掛ける意気込みが高かった。
そして とうとうチャンスが訪れる。
それまでずっと
ファンタジーを温存してきたが
「
その時」 が来たのだ。
延長戦前半 新潟の猛攻をなんとか凌ぎ切り 向えた後半
札幌がやっとの思いで掴んだCK。曽田は燃えていた。燃えに燃えていた。
クリアされたボールが宙に舞う。その時心の中で叫ぶ
「これだ!」
曽田は咄嗟に上空を見た。ここはフクアリ ドームのように障害物はない。
「飛べる ここなら どこまでも 高く 飛べる」 そう判断した。
新潟の選手も 札幌の選手も ただ ボールと曽田を見ていた
いや それは観客席もテレビの前の視聴者も 全ての人間が
曽田を 天空の覇者 曽田雄志を 見守った。
音のない世界 それはスローモーションのように
ノーステップで 曽田が飛ぶ。
どこまでも高く高く 雲を突き破り 太陽に届かんばかりに 飛んだ。
スタジアム周辺 工場の屋根が見える。カラスが驚いた顔をする 軽く挨拶した。
ゴールも選手も スタンドの観客も アリのように小さく見える
曇り空の上は 太陽が眩しかった。
やがて体が 宙で止まる。瞬間 時も止まる。
その二つの目は 鷹のごとくボールを捉え
振り上げた右足は 空を切り裂くかのごとく 蹴り出した
右足は 尖った三角の頭を越え 確実にボールを捕える
曽田のオーバーヘッドキック
それは まさに ファンタジー。
この天皇杯という大舞台で 千葉という両チームに関係のないスタジアムで
まさか繰り出されるとは思ってもみなかったファンタジー。
天空に舞う その男を見ながら至福の時を味わった。
夜汽車で来た甲斐があった。ジブリに行ってて良かった。ミッキーにも。
その旅のテーマ「ファンジャニー」が 今 現実のものと化した。
が その時 曽田雄志は 空中で考えていた。
ボール・ゴール・振り上げた右足・時間帯 全てを把握し 考慮した
「このまま蹴ってしまっていいのだろうか?」 そう考えたのだ。
何故ならば このまま蹴ってしまえば ゴールになってしまう。
曽田の実力ならば それは容易いことだ。
だが それではダメなのだ。
ゴールになってしまえば それは「現実の世界」になってしまう
記録にも残る マスコミも騒ぎ立てる スポーツ紙の一面も飾ってしまうだろう
そうなってしまえば ファンタジーがファンタジーでなくなってしまう。
飛ぶ。どこまでも高く飛ぶ。 それはファンタジーだ。
オーバーヘッドを試みる。 大注目の試合で。 それもまたファンタジーだ。
だが 得点になってしまえば ただの現実なのだ。
夢は夢のままで。 それが 「ファンタジー」 のあるべき姿なのだ。
一瞬の 僅かコンマ数秒の内に 弾き出した答え
それは 記憶に残るが 記録には残らないための選択
「子供たちの夢を壊してはならない」 スタジアムの遥か上空で そう決断した。
そして 曽田雄志が繰り出した答えは さらに高度な技を要する
オーバーヘッドキック
パスだった。
ボール・ゴール・GK・相手DF さらには味方の選手
そのポジションまでも 全て把握した。
振り上げた右足に変更命令を出す
「狙いはゴールではない アシストだ!」と。
ボールに当たる僅か3センチ前 咄嗟の変更だった
だが 右足は正確に反応する。芯を狙っていたキックは 僅かに左へ変える。
インパクトが弱くなったボールは 回転が掛かりながら 右足を離れる
向かうは ゴール前中央に立つ 札幌の選手。
「狙い通り」 曽田は空中でニヤリとした
方向。ボールの強さ。スピード。回転。全てがパーフェクトだった。
GK佐藤に持って行かれそうだった「ファンタジー」を取り戻したのだ。
上空からとてつもないスピードで落下しながら 曽田は確信していた
「ファンタジーは揺るぎない」と。
残念ながら 曽田のオーバーヘッドキック・パスはゴールに繋がらなかった。
だが 曽田にとってゴールになる・ならないは関係ない。
ファンタジーであったか どうかが重要なのだ。
誰よりも空高く舞い 誰よりもインパクトあるプレーで 見た者を魅了する
それが曽田雄志の望むべくファンタジーなのだ。
天空で 一瞬の内に判断し より高度な技に変更する
その選択が難解であればあるほど ファンタジー度は高い
フクアリでの 曽田のオーバーヘッドキック・パスは 全ての人に驚きを与えた。
とりわけVIPルーム 阿部の隣にいた巻は ガラス窓をバンバン叩き悔しがった。
おそらくオシムには 勝敗など忘れるほどインパクトを残したのではないだろうか。
生きるファンタジー。
それは全国に いや全世界に 証明された。
もはや我々だけのファンタジーではない。世界のファンタジーなのだ。
少しの寂しさはあるが このファンタジーは世界で共有すべきだ。
そして ここで何度も言っているが
曽田雄志は「ファンタジー」であって 「ファンタジスタ」ではない。
ファンタジスタならば あそこでゴールだろう
だが ファンタジーは ゴールなくしてこそファンタジーなのだ
あえてのオーバーヘッドキック・
パスである。
それこそが「生きるファンタジー」の選択なのだ。
あの一瞬の中で 自分の生きざままでを見せた曽田には拍手を送りたい。
GK佐藤 まさかのファンタジー に対し
曽田は あえてのファンタジー で返す
それこそが 曽田雄志のアイデンティティーである。
次の仙台 ユアスタで いったい何を魅せるか
注目を集めれば集めるほど でっかいファンタジーを狙う男
曽田雄志のファンタジー
それだけは見逃してはいけない。