その悲劇は 「あと3秒のところ」 で起こった。
サッカーファンには 絶対に破ってはならない 「掟」 がある。
1つは 「油断」。どんな試合であろうと 終了の笛が鳴るまで油断してはならない。
例え 残り4節で首位であろうと 最後の最後まで引き締めて行かなければ
油断は許されないのだ。それは 「ロスタイム 3失点」 が教えてくれている。
そして もう1つの掟は
試合結果を決して軽々しく 口にしてはならない。 また 知ってもいけない。
例えば 家族や友人に 「今日の試合 引分けだった」 と言ったとしよう
だが その相手が 後から もしくは帰ってから その試合を見ようと
楽しみにしていたかもしれない。それまで情報を遮断し 録画であっても
ライブのようにドキドキ・ワクワクで観たかった かもしれない。
そんなお楽しみを たったひと言で打ち砕くマネは 決してしてはいけないのだ。
また 本人も細心の注意を払って臨まなければならない。
「家族や友人に報告されるかもしれない」 という逆のパターンがあるのだ。
この場合 事前に 「言うなよ」 と釘を刺すか 言われそうになった瞬間
「ちょっと待て!」 とその報告を拒絶する反射能力を身に付けるしかないのだ。
家族も本人も 十分な警戒態勢のもと時間を過ごさなければトラブルが発生する
実際 蹴馬鹿家でも 今年 数件このトラブルが起きている。
また 本人の不注意から来る悲劇もある。
例えば パッと点けたテレビでニュースをやっていたとしよう その瞬間は
「小沢が辞めるの止めた…」 的などうでもよいニュースかもしれない
だが すぐに次のニュースになる その時 「今日は引分けでした」 と
読まれるかもしれない。だからテレビを点けるだけでも細心の注意が必要なのだ。
昨夜のことだった。
AFCチャンピオンズリーグ・決勝 「レッズvsセパハン」 を楽しみにしていた。
アジアのクラブチームチャンピオンを決めるこの大会で 日本勢が決勝まで
残ったのは 初の出来事なのだ これを見逃す手はない。
だが ライブのテレビ放送はBS朝日のみ。残念な事にウチは入ってない。
ただ録画ではあるが 深夜2:10からBS-1でも見れるのだ
それまで完全防備で情報を遮断すれば ドキドキ・ワクワクのまま見れる
そう決意し 私は深夜2:10までの戦いに挑んだのだ。
まぁ 「挑む」 と言っても 僅か5時間の事だ たいしたものではない。
情報を遮断する場合 危険なのはインターネットとテレビ。
この2つを見ている限り いつどこで 「知ってはいけない情報」 が
飛び込んで来るか分からない。よって 「見ないこと」 「開かないこと」 が
最善の防衛策なのだ。また 友人からの電話やメールも危険である
この場合も 「取らない」 「見ない」 を決める事が必要となるのだ。
更には 家族。どこでどう情報を手にしたか分からない。もしかすると
「報告されるかもしれない」 そういった危機感を持って接しなければならない。
こうなるともう 全てが危険に感じる。
この情報が溢れる社会 たった一つの情報を知らずにいる方が難しいのだ。
ふと 黒板五郎氏が言った 「知らん権利ってあるもんね」 という言葉が
実は重く深いものであることを この身を以って感じたのだった。
pm10:30 放送まで 3時間と40分。
ライブでの試合はもう終わっている。非常に危険な時間帯だ。
安全な局のテレビを見ていたが これ以上 点けておくわけには行かない。消す。
携帯の電源をOFFにした。パソコンは最初からOFFのままだ。
ラスボスである カミさんはすでに爆睡中。
万全な構えである。
だが まだ3時間と40分もある。その間 何をすればいいんだ?
本は読まない。話し相手もいない。外出は嫌だ。仕事なんてもってのほかだ。
考えた。考えに考え抜いた。情報遮断 と 時間潰しの 最善策を。
寝た。
全てを解決する最善の手段は 「寝ること」 だった。
寝さえすりゃ 情報が入って来ることはない。時間も楽に過ぎる。
だいたいにして 「眠かった」 ならば寝るのが最善策だ。10時半だろうと寝た。
だが ここで危険なのは 「寝過ごすこと」
これだけは何としても避けたい。いや ここまで完全武装で 寝過ごしては
シャレにならない。寝過ごしがネタになっては 「寝たネタ」 ではないか!
そんなベタなネタでは許されない。ベタ寝たネタは断固拒否だ!
愛猫ミィの 「ニャー」 という声で 目が覚めた。
ハッと思い 時計を見る。
am 0:40
良かった。寝過ごしてはいなかった。愛猫ミィよ ありがとう。
テレビを点ける。一瞬 ハッとした。そうだった テレビは危険だった。
いつどこで 「試合結果」 を報告されるか分かったもんじゃない。
慎重に慎重に 厳選しチャンネルを選んだ。BS1では「天皇杯 川崎F vsC大阪」が
流れていた。この試合が終わった後 AFCチャンピオンズリーグ・決勝があるのだ。
とりあえず天皇杯を見ていた。この試合中は結果を報告しないだろう と。
ただ気をつけなければならないのは ハーフタイムと試合終了後だ
何かの拍子に報告があるかもしれない テロップが出るかもしれない
そんな危険を含んでいる。そこまで考え ハーフタイムにはチャンネルを替えた。
そして天皇杯 川崎F vs C大阪が終了した。あと15分だ ここまで完璧に遮断した。
だが まだ油断はならない。この残り15分が危険なのだ。
このままBSを見ていたなら ニュースが入る そこで報告があるかもしれない
そう判断し チャンネルを替えた。だが 他の局も危険である。またも厳選した。
もう情報さえ入らずに済めば何でも良かった。ショッピングチャンネルにした。
何を売っていたかは覚えていない。時間さえ過ぎればそれで良かった。
2:05… 2:07… 08 …09 携帯の時計を見た
【am 2:10】
来た。とうとう 「その時」 が来た。情報遮断に成功したのだ。
もう試合がどうこうではなかった。「2時10分まで情報遮断!」 を決意し
それに成功した事が大きな喜びとなっていた。既にやりきった感がある。
今度こそ 堂々とチャンネルを替えられる。BS-1に合わせられる。
もうビクビクしながら リモコンボタンを押す必要はないのだ。
力強く 自信に満ちた指先で リモコンボタンを押す 1と7を。
パッと画面が変わる。おそらく 選手が入場する所が映るだろう
そう思っていた画面に出ていたのは ニュース番組の文字テロップだった
どうやらBSニュースの終わりだったらしい。番組終了時に出される
「今日のニュース・ラインナップ」 がズラッと出ていた。
ヤバっ!
その瞬間 猛烈な恐怖を覚えた。
今日のニュース・ラインナップなら 決勝の試合結果があっても不自然じゃない
この文字の中に 多分ある。きっとある。 そう反射的に感じた。
ヤバい。見てはならない。読んではならない。ここまで頑張ったのだ。
咄嗟に 目を閉じた。
だが目を閉じる僅かな瞬間。上のマブタと下のマブタが重なる コンマ何秒の世界
何かが残像になった。閉じた暗闇の中 残像はハッキリと文字で浮かぶ
浦和 引分け
見てしまった。私は見てしまったのだ。
あれだけ警戒に警戒を重ねた情報遮断であったが
最後の最後 おそらく5秒 いや3秒前だろう 目的達成まで あと3秒のところで
とんでもない油断をやらかしてしまった。まさかのBSニュース。
まさかの 「本日のニュース・ラインナップ」 だった。
しかも なぜか他の文字は一切 目に入って来てなかった。
脳裏に焼き付いているのは 「浦和 引分け」 の文字だけ。
もっと小沢に興味を持っていれば そっちに食いついていれば こんな反応には
ならなかったに違いない。蹴馬鹿の馬鹿は 普通の馬鹿である事を知った。
am 2:10 放送が始まる。選手が入場する。
結果を知ってから見るサッカーほど 味気ないものはない。
「いや 引分けつっても 1-1か2-2か 何点なのか分からないじゃないか」
と 無理やり自分を煽ってみても 虚しさは埋まる事がなかった。
それでも 最後まで見た。見とどけることが せめてものプライドだった。
これまで あらゆる努力で情報遮断した自分のプライドが そうさせたのだ。
サッカーファン 2つの忘れてはならない掟。
油断しないこと。最後の最後まで 一瞬たりとも油断してはならない。
それは ドーハで 甲府戦で 十分 知っていたではないか。
それを怠っていた。私は油断した。
もう1つの掟。結果を知ってはいけない。
情報遮断の努力を最大限までやり通し 完遂しなければならない。
それが出来なかった。油断から 最後 3秒前で 全てを台無しにした。
たった2つの掟を守れなかったのは 自身の責任に他ならない。
油断が招いた事なのだから 言い訳も通用しない。
それは重々承知の上 これだけは言わせてくれ
ふざけんな BS!
勝手に 「今日のニュース・ラインナップ」 とか出してんじゃねぇよ!
これから流す試合 それもオノレのとこで放送するんじゃろがい!
何 知らせてんじゃ?サッカーファンの掟も知らんのかい!
「軽々しく 結果を口にしてはいけない」 って廊下にでも貼っとけ!
あー あんなに頑張ったのに 知っちまったもんなー
皆さんも くれぐれもこういった事のないように ご注意を。
PS: AFCチャンピオンズリーグ・決勝 第1戦
結果は 1-1の引分けです。
これから録画したものを見ようと思ってた あなた
そう そこのあなた。恨んじゃいけませんよ。
油断は禁物なんです。