その試合 悲しくも 「ヒーローになりそこねた男」 が いる。
鳥栖は やはり手強い相手だ。サッカーに対して 執念を持っている。
それは試合中 あらゆる場面で見られた。例えば競り合いに 例えば守備に
そして 「得点を奪う」 という事には 特に強い執念を感じた。
この試合 鳥栖のビッグチャンスは少ないながらも それがことごとく得点へと
結びついていた。2点目のPKを誘ったシーンも 3点目の直接FKも
サッカーへの執念が導いた得点 と言えるだろう。それが鳥栖の強さに思える。
そして その執念は 彼をヒーローに させなかった。
■ 札幌 3-3 鳥栖
この試合も札幌は序盤から積極的に仕掛けた。先制は 開始僅か2分。
立上がり まだ試合に入ってなかった鳥栖のDFを キリノが抜き去り ゴール!
娘の誕生を自ら祝う華麗なゴールだった。すぐさまユリカゴダンスを舞う
まさに感動的なシーンだった この試合 もし このゴールだけだったら…
喜びもつかの間。キリノゴールの後もビッグチャンスが続く だがシュートが
枠に行かず 追加点が奪えない。すると 次第に鳥栖の執念が目覚める
鳥栖の攻撃に圧迫され 札幌の守備が混乱し始める。そしてマイクに決められる。
一番 警戒すべき選手に また決められた。やはり その脆さを改善しなければ。
これで1-1の同点。祝砲の喜びも つかの間のものだった。
キリノは ヒーローに なりそこねた…
同点にされた後は形勢が逆転する。あれほど攻め立てていた札幌の攻撃は
鳴りを潜め 混乱と守備に追われる苦しい時間帯が続いていた。
そして逆転される。ソンファンと縺れ合った鳥栖選手が PA内で倒れる。
主審が笛を吹く。PK献上。札幌には痛い判定だったが 強(したた)かだったのは
鳥栖の選手だ。エリアの外からソンファンの手が掛かっていたが そこで堪え
エリア内で倒れる PKを誘ってのプレーだった。鳥栖の強かさが上回っていたのだ
こうした所もまた 成長しなければならない力なのだろう。「強か」 という力を。
これで1-2の逆転。ここまでは 「流れとして仕方がない」 とも言えるが
まだ前半 大事なのはここからだった。本当に強いチームなら この逆転された後が
本当の勝負所と読むはず。直後から全力で同点に向かわなければならなかった。
だが そこがまだ甘いチーム。いつもと同じモチベーションでサッカーをし
そのままのスコアで前半を終えてしまった。ホームである事や PKの判定に悔しさを
持って 猛撃をしほてしかった。だが 勝負所を読む力や 試合のメリハリも
まだ足りてはいない。鳥栖の持つ サッカーへの執念が少し羨ましく思えた。
後半 宮澤に代わって ハファエルが入る。そのハファエルが 決める。
キリノのポストを受けシュート。今までの札幌にはない中央突破からのゴールだった
またシュートも コースこそ甘いものの GKの所でバウンドする巧いシュートだった
このハファエルのゴールで 2-2の同点。試合が停滞気味だっただけに 値は大きく
移籍初ゴール という意味でも ヒーローに相応しい得点だった。
だが まだ同点。勝ち越しではない。しかも その後に またも波乱が待っていた
ハファエルは ヒーローに なりそこねた…
ハファエルの同点ゴールで 息を吹き返した札幌は またも攻め立てる。
幾度も訪れるビッグチャンス。だが またも決め切れない。33分 切り札が 出る。
中山元気
試合を決めに その男がピッチに入った。中山に 全ては託された。
藤田がサイドでボールを持つ そのままクロスか?突破か?瞬時の判断だった
藤田は突破を選んだ 外から中へ突破で切り裂く クロスを上げる
ニアを越え 札幌選手のいないファーへ。そのままチャンスは消えた…
かに思われた瞬間 風のように飛び込むマッチ棒が見えた!
マッチ棒は 燃え上がる勢いで 頭に当てる 一瞬 炎が出る
ボールは ゴールポストに当たり 更に大きな炎となって ネットへ落ちた
逆転。決める時は決める男 中山元気 逆転のスーパーゴールだった。
時間は残り4分。おそらく中山は飛びながら ヒーローインタビューで何を言うかまで
考えていただろう。それほどまで自信と確信に満ちていたゴールだった。
もはや 「ヒーロー」 とは 中山元気のために存在する言葉である。
だが そんな確信も 僅かな時間で 崩れ去った。そう ロスタイムで。
中山元気もまた ヒーローになりそこねた…
ロスタイムの表示は 「4分」 迫り来る鳥栖の執念に 恐怖を感じた。
それは やっている選手たちがもっと強く感じていたのだろう 恐怖心はそのまま
プレーに表れていた。突進して来る鳥栖の選手に対し 冷静な対応が出来ず
ファールで止める。ゴール正面 PAの僅か外。だが鳥栖は島田を下げていた
キッカーがいない中でのFK。それがラストチャンスだっただろう。
壁の鬩(せめ)ぎ合い キーパーとの駆け引き キッカーのトリック
鳥栖は僅か一発のチャンスに 全ての力を注いだ。執念を注いだ。
そして 決まる。
鳥栖 高橋の放ったキックは 高く弧を描き ネットへ突き刺さった。
おそらく 100本蹴って 1本か2本のキックだろう。それが この土壇場で出る。
それが 鳥栖のサッカーに対する執念である。それが 鳥栖の強さである。
勝ちを目の前にして ロスタイムの失点。非情な 同点弾。
正直 応援する身としては キツかった。あと僅かな所まで来ての失点は。
まして この試合は多くの招待チケットが配られ 久しぶりに来た人や 初めての人も
多かったに違いない。そんな人たちが こうした試合を楽しめただろうか?
そんな心配さえした。だが 考えてみれば それも勝負の世界だ。
勝ちもあれば 負けもある。勝負事はドラマティックやハッピーエンドばかりではない
こうした試合を乗り越えて 僕らは応援してるんだ
そんな姿を見せられたのではないだろうか。そう考えれば この結果も 救われる。
ただ 残念なのは 「ヒーローになりそこねた男たち」 だ。
我が子の誕生を自ら祝ったキリノも 移籍初ゴールのハファエルも 切り札の中山も
ヒーローに相応しいゴールと活躍がありながら なりそこねてしまった。
本来なら この8月22日という日が 最も記念すべき喜びの日になったはずなのに…
それが 残念でならない。なりそこねた男たちが 残念でならない。
いや 本当に 残念なのは この私だ。
一番 なりそこなったのは このオレだ。
何を隠そう この8月22日は
オレの 誕生日。
「今日の勝利は オレの誕生日を祝ってくれたのさ」
そう言えるはずだった。そう言って ヒーローになるはずだった。
ビックリするぐらい なりそこねたな オレ!
誰よりも なりそこねた男は そうしてまた残念な歳をとったのである。