今年の夏のこと。
店内に広がる柔らかな日差し
コンサドーレとサッカーを熱く語る
マスターの眼差しが 印象的だった。
近所に焼鳥の美味い居酒屋があって そこへはカミさんとよく行くのだが
ある日 居酒屋の店長さんが「バスケットとか 行きます?」と聞いてきた。
レラカムイのチケットがあるのだが 行きますか? と言うのだ。気持ちは
有り難かったが「ごめんオレ サッカーにしか興味ないんだ」と断った。
すると なぜだか店長の顔つきが見る見る内に変わり 目がキラリと光った。
店「えっ? サッカー 好きなんですか?」
俺「んー 好きって言うか …まぁ 馬鹿だね」
そう答えると かなり嬉しそうな顔で店長は言った
店「僕も サッカー 大好きなんですよ!」
それからその居酒屋に行けば どんなに忙しくても必ずサッカーの話しをする
勿論コンサドーレの話しも。店長は「試合に行きたいけど 店があるから…」
と 話していたが それでも休みさえ合えばスタジアムに行っているらしい。
そんなある日の事「ところでアウェイの試合 どこで見てます?」と聞かれた
当時スカパーに入ってなかったウチは アウェイを見るのにいつも流浪した
その事を告げながら 逆に「アウェイ見れる 良い店ない?」と聞いてみた。
すると店長は「時々行く店あるんですけど…」 と言うが どこか歯切れが悪い
その反応が逆に興味をそそり「なに どこなの それ?」と何度も聞いた。
最初は はぐらかしていた店長も 根負けしたのか ついにこう切り出した
「その店のマスターから あまり人に教えないでねって言われてるんですよ」
自分の店なのに 広めないでほしいとは面白いなと思い 更に興味が増した
そして店長は 言いづらそうにしながらも その店の事を少し話してくれた。
札幌市の隣にあるその店は 場所が分りづらく知ってる人しか来ないと言う
店はスポーツバーじゃなくカフェで マスターがサッカー好きだから流してる
当然マスターはコンサドーレのファンである。そんな事を話しながら店長は
小さなメモ紙に地図を描いてくれた。渡しながら「内緒にね」と言って。
その翌日 早速 カミさんと店を探しに出掛けた。
燦々と夏の日差しを受けながら 店長のメモを頼りに車を走らせた。
ただ一緒に聞いていたカミさんも見当がつかない場所。あちこち走り回り
コンビニや駅の案内でも聞き 探す事1時間半。ようやくその店を見つけた。
小学校のまん前 住宅が立ち並ぶ場所。看板もなく 店の目印もない。
一見 普通の住宅に思えてしまうそのカフェは
あえて主張しないよう ひっそりと佇んでいた。
店から少し離れた駐車場に車を止め 店まで歩く。正面に大きな窓はあるが
ブラインドが降ろされ 中の様子が分らない。近づいて覗く。少し緊張した。
と その時 中から40代後半か50代ぐらいのマスターらしき男性が顔を出した
想像していたのはちょっと謎めいたシブ目のマスターだったが 出てきたのは
真面目そうな 一見 ごく普通のサラリーマンにも見える男性だった。
「やってますよ どうぞー」
気さくな声で マスターらしき人はドアを開け 私たちを招いた。
店に入ると入口には棚があり コンサドーレのグッズや写真などが飾ってある
居酒屋の店長の言う通り このマスターは本当にコンサドーレファンのようだ
店内は明るく 夏の終わりの日差しが溢れてる。テーブルに着くと1匹の犬が
出迎えた。小太郎という名のその犬は礼儀正しく ちょこんとそばに座った。
柔らかな日差しと暖かな雰囲気。初めて来たとは思えない そんな店だった。
「この店の事 どうやって知ったんですか?」
水を運びながら マスターがそう聞いてきた。 変な質問といえば変な質問だ
自分の店に来た客を不思議がってるのだから。ただ居酒屋の店長には厳重に
口止めされてるから 適当に「ちょっと人に聞いたもんで」と誤魔化した。
そして話しを変えようと「コンサドーレ 応援してるんですね」と聞いてみた
すると マスターの目の色が変わり。 そして こう言った
「いや 応援って言うより メチャクチャ応援してますよ!」
それは言葉というより 断言。それは 会話というより 意思表明。
”メチャクチャ応援してますよ” と言った時の瞳は 強く 真剣なものだった。
自分もサッカーやコンサドーレに対し 深い愛情がある事を自覚しているから
こういう瞬間が一番 嬉しい。”ああ この人は本気だ” と感じるその瞬間が。
そしてマスターも聞いてきた「お客さんも サッカー好きなんですか?」と。
答えはやはり「ええ 馬鹿ですね」と。マスターはニヤリと笑った。
アイスコーヒーを持って来ると マスターはそのまま隣のテーブルのイスに
ドカっと座る。と同時に 流れてた某野球チームの放送をバチっと消した
「コンサドーレ 応援してます?」マスターのその質問から会話は始まった。
脱サラして去年の夏 このカフェを始めた事。犬も好きだから 講師を呼んで
躾の教室を開いてる事。コーヒーや食材には凄く拘りを持っている事など
色んな話しを聞いた。そしてコンサドーレの話しになっていった。
ずっと応援していて「今も その情熱は 全く変わらないですよ」と言った。
ただ この店を始める時は スポーツバーにするつもりはなかったらしく
サッカーを見るのは あくまでも個人の趣味として見ようと思っていた と
ただ それでも来る人は来るから 正式に申請して流してる と言っていた。
店内を見渡すと 店には不釣り合いと言えるほどの大型テレビが2台もある
それが マスターの拘りであり コンサドーレへの愛の証しでもあった。
最初 試合のある日は密かに個人で楽しんでいたが どこから聞きつけたのか
少しづつコンサドーレサポーターが増えて行き そしていつの間にか店内は
サポーターで一杯になってた と言う。それは嬉しさ感謝と その反面も
「ただね あんまり客が多いとさ 試合 ちゃんと見れないから・・・」
と そう言った。それが ”あまり人に教えないで” と言っていた理由だった。
客が来るより 自分の趣味を優先したいという 一風変わったマスターである
だが それだけコンサドーレが好きで それだけサッカーを見たいのだろう
そして 応援したいのだ。熱く熱く 応援したいのだ。その気持ち よく分る。
マスターにとって 試合のある日は 商売よりも コンサドーレが大事だった。
「だってね 俺 試合始まったら ここから動かないもん」と 1つの席を指した
それはモニターの正面 店一番の特等席。そこがマスターの定位置だった。
「ウチね サポートシップスポンサーになってるんだ」
そう言いながら マスターは少し胸を張った。
店があるから 試合にはあまり行けないが こうしてサポートしてる と。
ただ もっとたくさんの人にもサポートしてほしいと思ってるんだ と言い
「でもね お客さんにも サポートしてよって言えないしさ」と言いつつ
「せめてもの気持ちで ね」
と言いながら 入口横の貯金箱を見せた。
この店は コンサドーレのファンクラブ会員証を見せるとソフトドリンクが
割引され 試合の日はビールを原価で出していた。そこに全くの利益は無く。
「 もし それじゃ何だって思ってくれるなら
この貯金箱にチャリーンと入れてくれれば
俺が責任をもって 年末にクラブへ届けますよ」
そう言った。収益の一部を寄付するのでなく 直接 寄付させる事が
マスターにとって 一番 大事な事だったのだろう。その気持ちに感動した。
帰り際「じゃオレも参加させてもらいます」と言って チャリーンと入れた。
気づけば3時間 マスターと話し込んでいた。あっという間だった。
「またお待ちしてます」 「また来ますから」 そう言って店を出た。
多分 常連になるな そうカミさんに言った。空はもう紅く色づいていた。
2度目に行ったのは その3日後。アウェイ 草津戦の日。
店に着くとすでに常連客が数名いた それぞれの席がもう決まってるらしい。
煙草を吸う自分は奥の席へと案内された。マスターの定位置の隣だった。
その後からも ぞろぞろと客が来る。いつの間にか店内は一杯になった。
来る客は皆 クラシックを頼む が 出されるのはコップと缶だけ。
各自が自分で注ぎ それぞれの席で楽しむ。それが店のルールだった。
先日の言葉通りマスターは席を立たず じっと画面を見つめていた。
ただ ゴールをすれば 人一倍 大きく喜び 少年のような笑顔を見せた。
他の客も同じで その店の中にはネガティブな空気はなく。マスターの人柄と
同調するように 純粋にサッカーを楽しみ 熱く熱くコンサドーレを応援する
そんな空気に包まれていた。やはり この店には馴染める雰囲気があった。
試合は5-2の快勝。店の雰囲気も 試合の結果も 心地よいまま終えた。
「また来るから」そう言いつつ 貯金箱にチャリーン と入れた。
そして店を出た。
3度目は まだ行ってない。
草津戦から数週間が経った頃 いつもの居酒屋へ行った。
いつものように店長とサッカーの話しをしたが 神妙な顔でこう言ってきた
「カフェの事 聞きました?」と。何か分らず「どうしたの?」と 聞いた
マスターが亡くなった と言う。
意味が分からなかった。つい最近 行って マスターの元気な姿も見ている。
どこか悪い様子もなく 思い悩むとかそんな事もなく 明るく 精力的な姿を
あの草津戦の日に見たばかりだった。そんなマスターの突然の訃報は
信じられないと言う他なく。店長も 詳しい事は分からないんですが と言い
とても残念な表情をした。その後は もう何も言葉はなかった。
秋にはまだ遠い 9月のことだった。
志半ば (こころざし なかば)
そんな言葉が浮かぶ。
まだたくさんの夢や想いがあったはずだ。
店の事も 家族の事も そしてサッカーの事も コンサドーレの事も。
まだまだこれから してあげたい事 したい事 たくさんあったはずだ。
それも これも みんな 半ばで終えてしまった。
その やりきれなさを考えるだけで 切なくなる。
また 自分にとっては ようやく出来た 居心地の良い場所だった。
「残念」その言葉しか見つからない。
店は今 奥さんが継いでいる と聞いた。
色んな悲しみから 立ち上がり 続けているのだろう。
近いうち 必ず その店に行こうと思う。
マスターの意思と遺志。
そして 皆の気持ちが 昨日 届けられた。
たくさんの想いの積み重ねが