開幕戦 74分 広島のCK。
川村のヘディングはゴールラインギリギリの所を 菅野が左足一本で防いだ。
この場面について ジャッジリプレイでも取り上げていたが 確かに入ったか
入っていないか微妙ではあった。ただ自分が注目したのは そこじゃなく。
あのシュートに反応した菅野の反射力 瞬発力 そしてメンタル。
以前 野々村氏が「PA内で2回 ヘディングされたら ゴールを決められる」と
言った事がある。相手のクロスに対し 味方が触れない内に2度 当てられたら
ほぼゴールを決められてしまう という事だ。74分のCKが まさにその例で
ニアで佐々木がスラしたボールを 飛び込んだ川村がドンピシャで当てた。
野々村の法則で言えば失点になるはず だが それを菅野は弾いたのである。
38歳。普通なら引退してるか 現役でも明らかに衰えが見える年齢だろう
だが菅野のプレーは ”今がピークか?” と思わせるほどキレているのだ。
プロ生活20年の今も衰えを見せない菅野。その謎に迫ってみた。
菅野を最初に見たのは たぶん横浜FC時代だと思う。
顔の濃さと体の小ささが印象的だった。特に体のサイズはGKとして致命的で
”よくあの身長でプロになれたな” と思った。実際 東京Vユースでは昇格を
見送られたそうで 確かに20年前は身長の低い選手はほとんどプロになれず
ましてGKなら ほぼ無理な時代ではあった。そんな中で菅野はプロになれた
しかもそれだけじゃなく シーズン途中からレギュラーの座を射止めたのだ。
当時 菅野のプレーで印象的だったのが
靴ヒモ
リードしてる終盤や押されてる時に シューズのヒモを結び直すのである。
当然 時間稼ぎなのだが 菅野は堂々とそれをやる。アウェイでもやる。
審判が注意すると 手を広げ ”何で?” という顔をし ようやくボールを蹴る。
その太々しさが面白く 自分はGKの中で一番好きな選手だった。
体は小さいが肝っ玉はデカい。菅野が好きな理由は そこだった。
自分も子供の頃から体が小さく それがいかに不利か知っていて例えば体育や
部活も体の大きい方が有利だし 喧嘩の強さもヒエラルキーに繋がっていた。
それらの序列を覆すには ハッタリと度胸を折り交ぜ勝負するしかなかった。
おそらく菅野も同じような感じだったと思う。クソ度胸と少しのハッタリ。
それを携え サッカーに取り組み やがてサッカーに愛されたのだと思う。
そして 菅野はサッカーに愛されるだけの努力をした。
今の菅野を見て分かるように ストイックなまでの自制心があるのだろう。
30代も半ばを過ぎると普通の生活では どうしても脂肪がついてしまう
20代なら問題なかった食事さえも危険で 更に節制しなければならないのだ
以前本人も言っていたが ”食事は全て体作りのため” だそうで 我々のように
好きな物を好きな時に好きなだけ食べるような事は一切してないだろう
それを何十年もだ。また筋力や反射力 瞬発力など確実に落ちてしまうものも
知力とトレーニングで防いでいるわけだ。これも若い時より厳しくやり続け
状態を維持できていると思う。そうした弛まぬ努力の結果が 今回のプレー。
あの74分の反応力である。
全てが簡単じゃない。誰もが出来る事じゃない。厳しさを求め続けた結果。
その集大成と言えるものが ゴールラインギリギリの所で出たのである。
菅野のメンタルには まだ驚いた事がある。2008年 柏への移籍。
菅野を気に掛けていた自分は この移籍に驚いた。南のいる柏に何で?と。
当時 南雄太は柏の絶対的守護神だった。ワールドユース準優勝の正GK。
黄金世代と呼ばれた1人で 柏でも長く正GKを務め 他の追随を許さなかった
そんな南のいるクラブへ 菅野は自ら挑戦しに行ったのである。
そのメンタルや挑戦心に驚いた というか正直 ”イカれてんな” と思った。
なんせ 自分のチームでレギュラーなのに 何で不動の南の所に行くのか?と
行って勝算あるのか?と。いくら若くて 伸び盛りでも そこはダメだろ と。
そう思っていたのだが 菅野はシーズン半ばには 正GKの座を射止めていた。
もう1つはコンサドーレに来てから。2018年から2年間で出場は僅か1試合。
菅野のキャリアを考えれば 屈辱的とも言える扱いだったかもしれない。
それでもインタビューで こう答えていた。
楽しかった
横浜FCで正GKを務め 新人王に輝き 柏をリーグ優勝に導き ACLに出場した
日本代表にも選出され Jリーグの出場数は500に近い。そんな選手が2年間も
サブに甘んじていたのである。普通なら不満が出るし 状態も落ちるだろう。
だが菅野は腐らず というよりも もっと先の ”楽しかった” と話したのだ。
そんなポジティブなメンタルだからこそ 長くプロを続けられているだろうし
いざ出番が回って来た時に しっかり準備が出来ていたのだと思う。
また菅野が楽しかったと語った理由に ”ミシャとサッカーがしたかったから”
と言った。ミシャから吸収したくて ミシャと一緒にサッカーがやりたくて
コンサドーレに来たわけで それが出来ているのだから楽しかった と。
ミシャというのは 20年歴の選手であっても そう思わせる指導者なのだ。
そんなミシャに今回 ”菅野の1ポイント” と言われたのは 嬉しかったと思う。
”今日は 君のおかげで勝点1が取れた” そういう意味だから。
たぶん今の菅野は いろんな人に勇気を与えていると思う。
例えばベテランの選手。もうそろそろかな なんて思ってる選手も
今の菅野を見たら ”いやまだまだ” と思うだろうし 触発されるはず。
特にGKは 衰えが来たとしても もう一度 輝ける事を見せているのだから
菅野の姿に 大きな勇気を貰うだろう。努力と心さえあれば やれると。
そして 子供たちにも。
サッカーは好きだけど 体が小さいからと思ってる子供たちにも
きっと勇気を与えていると思う。小さくたって やれると。
”ゴールキーパーやってみたいけど 体が小さいから” と諦めてる子に
大丈夫。やれるよ。と菅野はプレーで見せている。
それは どんな指導者の言葉よりも説得力があるのだろう。
菅野の1ポイント。
開幕戦のコンサドーレは 決して良い出来ではなかった。
押されては蹴り また押される。攻撃の形も出来ないまま劣勢が続いた。
長いリーグ戦にはこんな試合もあるし ましてまだキャンプ中の状態である。
そんな時は 誰かが頑張って チームを助けるしかない。
それが 菅野だった。
38歳 170cmちょいの選手が 開幕戦のアウェイで勝点1を持ち帰らせた。
小さな体で大きな仕事をやったと思う。ただそれは偶然や幸運じゃない。
強靭な精神と続けた努力の結晶である事を 僕らは知っている。