人は、誰にも 「泣きうた」 がある。
CDを聴いたり カラオケで歌ったりすると どうしても泣けてくる曲は
ないだろうか。例えばその歌詞に自分を重ねたり 例えばその曲を
よく聴いた頃が蘇ったり そんな時 ふいに涙がこぼれてしまう歌がある
例え一曲全てじゃなくても 歌詞の中の あるフレーズに来るとダメだ
というのもあるだろう。 それは自分だけの ”泣きうた” だ。
そうした歌は 普段 人には晒さない素の自分が泣いているのだと思う
深い深い井戸の底の水を汲み上げるように 素の心を晒し 波立たせる
その水は戻すと 少し清らかになる。
泣きうたには そんな作用が きっとあるのだろう。
先日 NHKの「SONGS」に スターダストレビューが出ていた。
自分が見たのは深夜だったので たぶん再放送だと思うが
カミさんが寝た後で良かったと思った。
一緒なら ちゃんと見れなかっただろうし 聴けなかっただろう。
1人だったから 泣いた。
「木蘭(もくれん)の涙」
逢いたくて 逢いたくて
この胸のささやきが
あなたを探してる
あなたを呼んでいる
そんな出だしから始まるこの曲は 93年発売だから もう20年近く前らしい
正直 スタレビはあまり聴かなかったし この曲も発売当初は知らなかった
ユウセンなどで流れてたのを薄っすらと覚えてるぐらいだ。
ちゃんと聴いたのは ここ数年 色んな人がカバーで歌っていたからだった。
どのタイミングでちゃんと聴いたのかは覚えてないが
最初にその歌詞を見た時は あまりにも 悲しすぎた。
おそらく恋人であったであろう女性(ひと)が ある日 帰らぬ人となった
その人を想い続け 探し 悲しむ。そんな歌だった。
人を亡くす歌は 誰でも心に来るものがある。
昨年末の「トイレの神様」では日本中が涙したに違いない だがこうした
愛する人を亡くす というものを題材にした歌や 最近では映画も多いが
それらは反則技に思う。好きだ嫌いだという恋人との別れならまだいいが
永遠の別れともなれば 誰もが深い悲しみを覚える。となれば それは涙に
直結する事を意味するのだ あえて泣きのストーリーになってる以上
それを「泣きうた」とは認めたくない。認めるわけにはいかない。
とは言え トイレの神様は10回聴いて 12回泣いたが。
この「木蘭の涙」も愛する人を亡くす歌。その悲しさは少しだけ分かるが
その本当の悲しみは分っていない。それでも ひとつだけ分かる所がある。
そのフレーズを聴くと どうしても こみ上げてしまう。
あなたが 来たがってた
この丘にひとりきり
父が亡くなって 今年で13年目。 オレは 本当に親不孝の息子だった。
ずっと心配を掛けただろうし 寂しい思いもさせた
父はオレを誇りに思ってくれたが オレは親父を誇りに思っていなかった
病に倒れた時も面会には行ったが 近くに呼び寄せる事もせず 病院に任せた
長い入院生活も行くのは月に1度くらい それも10分ほどで病室を出た。
振り返れば ロクな息子じゃないが せめてもの思いで面会に行った。
そんな闘病院生活を10年ぐらい続けた頃の事。
一度退院した時に 実家へ行き 2人で他愛もない話しをしていたら
突然 父が 「頼みがあるんだ」 と言い出した。
滅多にそんな事を言わない父だっただけに 何だろうと思った すると
「墓参りに行きたいんだ」
と言う。せっかく退院したのだから もっと他にあるだろと思ったが
それでもすぐに墓参りの支度をした。子供の頃に行ったのは憶えてるが
それきり何年も もしかしたら十年以上 行っていなかった墓参りだった。
ただ 父だけはよく来ていたらしく 中学や高校になった俺を誘っても
嫌がるから 父一人で来ていたらしい。ただ入院で行けなくなって
ずっと気になっていたと。だから連れて行ってくれ と頼んだのだ。
同じ市内にある墓地。そこはマチを見下ろせる 小高い丘の上に あった。
どれが本家の墓か分らなかったが 父はゆっくり歩きながら 一つを指差した
「あの オンコの木が目印だ」
オンコとは一般にイチイと呼ばれる 松のような葉と赤い実が特徴の木
それが墓の横にデンとそびえ 遠くからでも一目で分る目印になっていた。
さっそく父は墓を丁寧に洗い出し オレは草を刈った。
ひと通り掃除が終わると 供え物をし 2人で手を合わせた。
それが父との 久しぶりであり そして 最後の墓参りになった。
親不孝を自覚していたオレは せめてもの想いで「臨終には側にいよう」と
決めていた。そして 5月の連休が終わろうとした頃 医者から電話あった
「覚悟して下さい」と。急いで病院へ行き そのまま二晩 泊まった。
そして 2日目の夜 父は息を引き取った。
それから 毎年 5月の連休と8月のお盆は墓参りに行く。
父の好きだったコーヒーと果物とコーヒーゼリーを持って 墓へ行く。
オンコの木を目印に そこへ行き 草を刈り 墓を洗う
手を合わせ そして 振り返る
遠くに 見える川と街並み。それは 父が 好きだった景色。
あなたが来たがってた 場所だ。
「木蘭の涙」 は オレにとっての “泣きうた”。
いつも どんな時も そのフレーズが来ると こみ上げてしまう。
“あなたが来たがってた この丘にひとりきり”
悲しいわけじゃなく つらいわけじゃなく ただただ父を思い浮かべる
そして 泣けてしまう。その涙は 親不孝だった俺への自責かもしれない。
取り返しようのないその想いは 深く自分を責める。
そして この歌で深く沈む。
ただ ひとつだけ救われるのは “ひとりきり” じゃないこと。
墓参りする俺の横には 必ず 黙って手伝ってくれる人がいる ということ。
そんなカミさんを見せるのが 俺の ただひとつの親孝行だと思っている。
スターダストレビュー 「
木蘭の涙」