サッカーは “動揺を誘うスポーツ” である。
例えばサイドチェンジは それ一撃でゴールや試合が決まるものじゃなく
意識が薄い所へボールを飛ばす事で 相手に動揺を与え それによって生じる
混乱や隙を突く というのが最大の効果だろう。 また そうした動揺を重ねれば
自然に反撃の力は弱まり 闘争心を失う。それが結果的に敗戦へと導くのである。
要するに “相手より大きく動揺した方が負ける” という事だ。 逆に言うならば
平常心で戦えるチームは 強い。
■ 札幌 1-0 神戸
ドームに行く前 1時からの試合(京都・千葉・長崎)の試合経過をチェックした。
全部 ウチにとって都合悪い方の経過だった。 かなり動揺した。猛烈に動揺した。
「もうちょっと頑張れや」 とブツブツ言いながらスタジアムに着くと そこは長蛇の列
一瞬 気絶しそうになった。 11月の北海道。 吹き荒れる風と雨。 外で待つ恐怖。
またも動揺した。 動揺と動揺の間に恐怖をサンドしたメンタルである。
もはやオレの心はすっかり平常心を失くし 「今すぐ帰ろう」 とさえ思った。
だが、ここまで来て帰るわけにはいかない そう思い直し戦場へと飛び込んだ。
席に座ると カミさんはすぐに マッチディプログラムのスクラッチを削っていた。
入り口で貰ったマッチディプログラムには いつものラッキープレゼントの他に
ドーム内の飲食物が当るスクラッチが付いていたのである。カミさんは削りながら
「あー・・・残念」 と つぶやく。おそらく削った下に “残念” の文字が出たのだろう
と その時 何か嫌な予感がした。 横を見ると カミさんが何か言いた気にしてる
その目は確実に “お前のスクラッチよこせ” と訴えてる。 だが待て ちょっと待て
だいたいこれは自分で削るから楽しいのだ。当たるかなーと思いながら削って
それっぽい文字が出て来た時の喜びと言ったら それを何だ お前は人の
マッチディプログラムを渡した
彼女は全く躊躇せずシャッシャと削る。 そして ふた削りで 「あー残念」 と言った。
もはやショックもなかった。動揺も3回続けば 平常心になれる事を始めて知った。
おかげで 気持ちを整えて試合に臨めるだろう。 ありがとう カミさんよ。
そして 試合が始まる。 コンサドーレは試合開始から 気負っていなかった。
POに向けた大一番を平常心で戦える それは心強く チームが成長した証しだろう
どの選手も冷静で それでいて 戦うべき所は熱く戦っていた。 特に守備が良く
全員ボールへのプレスが早く鋭かった。前半 神戸の小川に決定機を作られたが
それで動揺する事もなく しっかり切り替えられたのが大きかったのだろう。
一方 神戸は 試合直前 京都が負けた事により自動昇格が決まっていたため
試合へのモチベーションが難しかったのかもしれない。客観的に見て いわゆる
“フワッと入ってしまった” 感じだった。 もし神戸が 昇格したテンションのまま
ポジティブに入っていたなら もっと積極的なプレーが多かっただろう。
特に守備面で 縦パスへのケアが甘く 入れられては後手に回る守備をしていた。
攻撃については ポポ・小川・マジーニョのチビッ子トリオに機動力があって
もし3人とも好調なら 止められる術はなかっただろう。そこもちょっと幸運だった。
前半は互角の戦いだった。集中して入ったコンサドーレとフワッと入った神戸では
戦力差やホームである事を差し引きすれば イーブンだったのかもしれない。
ただ問題は コンサドーレの攻撃だった。この試合 内村を欠いたコンサドーレは
誰が裏を突くか 誰がゴールを決めるか という課題が残されたままなのである。
前俊のキープ力は有効だが その先の “決める人と決める手段” が見つからない
あるとすれば荒野・宮澤がこぼれを決めるか レコンビンの意外な一発ぐらいだが
その僅かな可能性も 神戸のGK・徳重の好セーブに阻まれた。 残された手段は
PKしかない。その5分ぐらい前からオレは叫んでいた 「PK狙え!」 と。
狙って貰えるものじゃないが 他に手段は見つからない。なら PA内で突っかけて
可能性を引き寄せるしかない だから前俊に期待した。ヤツなら やってくれると。
だが その妄想は意外な形で実現した。全然 思ってないタイミングで笛が鳴る。
審判を見ると手を上げ 何かを指差してる。 PKだ! 思わず立ち上がった。
一気にボルテージはアップした。 高まるテンション そして 次に襲う 緊張感。
このPK 誰が蹴るのだろう?
それが気になった。 この大一番で このシビれる場面で PKを蹴る勇気。
それは誰もが持てるメンタルではない。 そんなPKを誰が蹴るのだろう。
オレは すっかりビビっていた。自分が蹴るような気になって 吐きそうになった。
ペナルティマークの近くにいたのは前俊。ヤツなら大丈夫だろう と思ったその時
レコンビンが近づいて行く そして何語での会議か分からないが前俊と話し始めた
おそらく 「蹴らせてくれ」 と直訴しているのだろう。そのメンタルが凄いと思った。
W杯を決めた時の本田 いやもしかするとそれ以上 重い場面で 志願するのだ
国を背負い続けた経験と 国を背負って来た責任感が ここで発揮された。
ボールを置き 数歩 下がる。 張りつめるような緊張感がドームを覆った。
だが、レコンビンに気負いはなかった。
自然に 力まずに それでいて力強いボールが ゴールネット左に突き刺さった。
あの場面で PKを志願する精神力と 強く正確に蹴れる技術に感心した。
平常心。それは当たり前のようで 決して 当たり前じゃない。
刻一刻と変わるシチュエーションで 常に同じ精神を保つのは 簡単じゃない。
ましてこの試合のように “負ければ終わる” という土壇場なら 誰もが動揺する。
少し前のコンサドーレなら 神戸の個力に腰が引けただろう。
そして 下がり続けたGFラインは いずれ崩壊を迎えただろう。
PKはおろか 攻撃の糸口さえ見つけられず 90分を終えたかもしれない。
だが この試合のコンサドーレは ずっと平常心で戦えていた。
レコンビンのPKに象徴されるように 選手たちの心は 冷静で強く 保たれていた。
それが何か嬉しく 心強く。 まだ前半だったが 「この試合は大丈夫」 と確信した。
後半に入ると 神戸はギアを1つ上げ パスのリズムが明らかに早くなった。
次々と選手が飛び出しコンサドーレを襲う。小川に2度 危険な場面を作られるも
何とか事なきを得た。ソンジンがPA内で ヒヤっとさせるシーンもあった。
コンサドーレは防戦一方に陥ったが それでも不思議と恐怖心はなかった
多分それは 選手に闘う気持ちが失われてなく 動揺も見られなかったからだろう。
レコンビンが下がる時は 「後は守るから 任せとけ」 と約束した。 (心の中で)
交代で入った岡本・フェホ・榊も スタメンと同じく 戦ってくれた。
もはや 勝利は手中にあった。
ロスタイムの5分が刻一刻と過ぎて行く。 気持ちはもはや試合後に向いていた。
オレは “サザエさんのエンディングに間に合うかどうか” を考え 横でカミさんは
“晩ごはん なに食べようか” と考えていただろう。 それぐらい余裕があった。
おそらくこれがラストプレーであろうボールが 札幌ゴールに向かって飛んだ
誰かが当てた。
それはまるでスローモーションのように。 ふと ドーハの悲劇が脳裏をかすめた。
ゴールの中でゴチャゴチャになる選手たち。 あたふたするGK・杉山。
次の瞬間 笛が鳴った。 ピッチを見ると何人もの選手が倒れ込んでいた。
なに?なに? 入ったの? 入ってないの?
頭の中がクエッションマークで いっぱいだった。
審判がボールを持ってセンターサークルに向かったが それでも分からなかった。
ゴールが認められていれば 万事休す The End である。 急に動揺した。
さっきまでの落ち着きを 一気に吹き飛ばすパニックである。
コンサドーレの勝利を確信したのは 審判が下がり 全てを終えた後でも
スクリーンの数字が変わらないからだった。 3分後に ようやくホッとした。
やはり サッカーは 平常心でいられない。
興奮や 喜びや 恐れや 悔しさや 時には怒りもある。
そんな刻一刻と変化する気持ちと一緒にサッカーがあるのだろう。
そうした中 平常心で戦った選手には 確かな力強さがあった。
特にあの場面で PKのキッカーを志願したレコンビンは 凄いとしか言えない。
この日来たサッカー少年たちは あのメンタルを目の当たりにしたのだから
きっと得るものがあっただろう。 いや 必ず大きなものを得ている。
今はよく分からなくとも 1年1年 成長するたびに 少しづつ分かって行く。
どんな時も 平常心でいられる その強さを。