ずっとずっと昔 姉に「乾杯って歌 知ってるか?」と聞いたことがある。
高校生の頃 姉によくカセットテープを貰っていた。
洋楽・邦楽 問わず 気に入ったアルバムがあると それを録音してくれた。
そんな中にあった長渕剛の ″逆流”。 透明感のある声と少し女々しい歌詞と
だけど どこか骨太な長渕の唄は 思春期のオレに響いていた。
それから少し経ち 次のアルバムが出た時は 自分でレコードを買った
その中に”乾杯” が入っていた。
かたい絆に想いをよせて
語り尽せぬ青春の日々
今でこそ結婚式の定番ソングだが 発売当時はアルバムの中にひっそり入り
特に印象の強い曲じゃなく 音楽に詳しい姉さえ「知らない」と言っていた
それじゃと 拙いギターと大した上手くもない歌で ”乾杯” を聴かせた
歌い終えた時「いつか友達の結婚式で歌うんだ」と言ったのを憶えてる。
それから長い長い時が過ぎ 先日 姉の長男が結婚した。
姉家族は鳥取に住み そこには母も一緒に暮らしている。
北海道と鳥取は離れているが 行こうと思えばいつでも行ける距離なのだが
なぜか長い間 行ってなかった。姉弟仲が悪いわけじゃなく義兄も良い人だ
まして母がいる。親の顔を見に行くのも見せに行くのも 親孝行の内である
それが分かっていながら 十年以上も経ってしまったのだ。その間ずっと
申し訳なさと 情けなさと だけど 必ず行こうとする想いが交差していた
今回 甥の結婚は グズグズするそんなオレの背中を押してくれた気がする。
甥の結婚式は式場の人や友人たちが協力し 手作り感のある暖かいもので
皆に祝福される2人を見ながら 叔父として心から嬉しく思いつつ
ただ 今まで叔父らしい事を何一つしてやれなかった事が情けなかったし
母を義兄に任せてしまってる事も申し訳なく 深く感謝していた。
いろんな想いが交じ合いながら 甥っ子を祝し 母に会った。
母はすっかり年老いていたが 元気で 手料理を張り切って作ってくれた。
子供の頃は食が細かったため 母の料理をモリモリ食った記憶がなく
おそらく母も作り甲斐がなかっただろう だけど今回はモリモリ食った。
正直 結婚式の料理で満腹だったが モリモリ食った。それが親孝行だから。
久しぶりの おふくろの味を堪能した後 結婚式の二次会に行く事にした。
二次会は地元の小さなスナック。
甥っ子たちの友人はすでに帰り 親族と年配の人たちだけが残っていた
皆 それなりに酔い オレらが入ると「北海道から来てくれたんですよ」と
紹介してくれた。盛大に歓迎されたが 主役は新郎新婦の2人である。
とにかく この宴を盛り上げようと頑張った。年配の1人が歌い始めると
「良いぞ ジジイ!」と煽ると どうやらもの凄い偉い方だったようで
その場の全員を凍りつかせた。それでも構わずジジイ呼ばわりを続け
二次会はどんどん盛り上がって行った。
2時間ほど経った頃だろうか。爺さんたちはすっかり上機嫌で歌い続け
甥っ子もお嫁さんも楽し気にしていたが こっちはちょっと疲れて来た。
なんせ移動に10時間以上も掛かったのである カミさんもヘトヘトだった。
姉にこっそり「そろそろホテルに帰る」と言うと 爺さんに聞こえたらしく
「じゃお前も何か歌って行け」とカラオケのリモコンを手渡された。
何も考えず 曲を入れた。 乾杯。
モニターにタイトルが出た時 どこからか「ベタだなー」と聞こえた。
自分でも ″ベタだよな” と思った。
乾杯 今 君は人生の
大きな大きな舞台に立ち
遥か長い道のりを 歩き始めた
君に幸せあれ
不意に 涙が出た。
唄いながら 泣けてしまった。
叔父らしい事は 何もして来なかった事。
だけど こうして来れた事。2人を祝福 出来た事。
姉や義兄や甥っ子や姪っ子たちが 幸せに暮らせている事。
義兄への感謝。 友人たちや周りの人たちの暖かさ。
そして 十数振りに会えた 母。
いろんな事が いっぺんに浮かび 泣けてしまった。
本当に恥ずかしかったが 思いのまま 泣き 歌った。
ジジイが そっと背中をさすってくれた。
ベタな曲で ベタに泣く。
そんな時があっても イイんじゃないかと思う。
例え人前であっても それが自然なら 無理にこらえなくていいと。
ずっとずっと前 姉に「いつか結婚式で歌う」と言ったその歌は
あまりにもベタすぎて 結局 一度も披露する事なく。
それが 姉の長男のために歌う事になるとは あの時 思いもしなかった。
しかも 泣いてしまうとは。
みっともない姿を晒したが それが叔父の出来る精一杯だったかもしれない
こんな無様な叔父だけど それでも慕ってくれるお前たちが嬉しかったんだ
これから少しでも叔父らしい事をすると誓うよ。
おめでとう。 そして。
君に 君たちに 幸せあれ。