結 「ほら~純! 早く~!支度出来た~?!急いで!もぉ!!」
バタバタと忙しく駆け回る結の足 咲太に小さなリュックを背負わせる
純 ソファに座りタバコの灰をポロリと落とし慌てる 髪はボサボサのまま
"月に2度 その出来事がある土曜の朝は いつもこんな調子だ…
半年前 れいちゃんと偶然に会い 生まれて初めてサッカーの試合を見に行った
そして約束通り次の試合 僕は結と咲太を連れドームへ行った
Rンバさん達は大喜びで僕らを迎え入れてくれ
結とれいちゃんはあっという間に仲良くなっていた
その光景は 僕ら男側から見たら 少し不思議なもので・・・
何より驚いたのは 結の熱狂ぶりだった 元々の性格がサッカーに合っていたのか
ゴール裏で叫ぶ彼女の姿は 何の違和感もなかった。
そう あれから半年。 試合のある 土曜の朝は いつもこうだった…"
北の国から 04 絆 ――――――――
結 「咲ちゃん 靴 履こうねぇ ほらぁ!純!急いでったら~!遅れるっしょや!」
純 おにぎりを頬張りながら玄関へ来る。大きな赤いリュックに小さな旗が差してある
慌てながら 靴を履こうとするが ひもが絡まる ようやく玄関を出る
結 「あっ!純 ビデオ!録画!した? 急いで!」
"ったくよぉ 自分でやれよ それぐらいっ!って言いたいけど 言えません!"
大慌てでビデオ録画をし 鍵を掛け部屋を出る純
1階の郵便受けに数通入っていたが そのままにして外へ出る
結と咲太はもうずっと先を歩いている
郵便物の中 一通の手紙 "笠松 蛍 より"の文字
純 「なぁ まだ8時半だぜ 試合まで5時間以上もあるって…早過ぎない?」
結 「分かってないな 戦いはもう始まってんの 負けられないの!はい急いで!」
純 「いや…だから… 早く行くってことと 負けられないってことが…いまいち分か…」
結 「い~い純?今コンサは最下位なの!若手だけで大変な時なの!
だから頑張んなきゃならないの!」
純 「あぁ…はい…そう ですか…」
"何なのだろう 結のこの入れ込みようは…すっかり筋金入りのサポーターだ。
ただ彼女がこうして何かに打ち込み 張り切る姿を見ていると 僕は嬉しくなる
試合に負けると誰よりも悔しがり 点を決めると泣くほどに喜ぶ
一緒に泣き 一緒に笑い合う仲間もでき いきいきとする結
ほんとうに彼女を試合に連れてきて良かったと思う。つくづく そう思う"
厚別競技場横 試合を待つ人の群 会長・おやじさん・れい・Rンバ 皆がいる
結 「おぃ~すっ!」 純「こんちわ」ペコりと挨拶
Rバ「ち~す」 おやじさん「遅いぞ~ユイちゃん~」 れい「おはよ~」
"おやじさんを筆頭に皆早過ぎる しかもすでに宴会だ
今日は家に帰ってから反省会が開かれるだろう 次はもっと早く出るぞ!とか…"
おやじ「なぁ純君 今日は勝てるよな。な 頼むよ もう勝ってくれよ」
結 「何言ってんのおやじさん!勝たせるの!ね!絶対負けさせないから!」
"このパワーには誰も勝てない おやじさんも ただただうなずくしかなかった"
試合開始。皆一斉に声を出す。
序盤 コンサの両サイドが機能し 良い攻撃を見せる 惜しいシュートもあった
しかし序々に相手ペースになり始め 中盤・最終ラインが下がり気味になる
前半38分 相手CK ファーサイドの折り返しを中央で決められ失点。
結 「あ~ もう何やってんの!向こうフリーだったべさ!もう!頑張れ~!」
会場「コ~ンサ ド~レ!コ~ンサ ド~レ!」
後半。自陣深く左サイドで奪ったボールを砂川へ渡す 権藤がドリブルで上がり
右の岡田へ クロスは一旦GKは弾かれるも 砂川が拾いそのままシュート!同点!
Rンバ「やった!!」 結「キャー!スナ~!やった~!やった~!ど~てん!!」
その後も惜しいチャンスは何度かあったが1-1のまま試合終了。
結 「う~ん 惜しいなぁ もうちょっとなんだけどなぁ まいっか勝ち点1ゲット!」
純 「だな」
Rンバ「次 次っすよ!ね おやじさん」
おやじ「ん~~~~だっ」
皆 帰り支度をし競技場を後にする ユニフォーム・赤い鞄
地下鉄大谷地駅へ向う人の波
れい 「それじゃ 結ちゃん またね 次ね」 れい ガッツポーズ
純・結「それじゃ また」 結 ガッツポーズ
"結とれいちゃんは顔を見合わせるといつもガッツポーズとる
その意味は未だ分からない 気合のサインなのだろうか?今度聞いてみようか"
純・結・咲太 アパートの1階 郵便受けから数通の郵便を取り出す純
その一通 見覚えのある文字 裏を見る
"笠松 蛍 より"
結と咲太はエレベーターのドアを開け 純を待っている 咲太の手にはミニフラッグ
結 「純~ ど~したの?先に部屋行ってるよ~」
純 「あぁ いいよ…」
不思議そうな顔で手紙を開ける純 中から2枚の便箋が出てくる 僅かな不安
"おにいちゃん 結さん 咲ちゃん お元気でしたか
蛍たちはあいも変わらず元気で過ごしております
咲ちゃんも2歳になって 見が離せない時期なんでしょうね
我が家の快も 元気。というか もう困ったほどのやんちゃに育ってます
ところで今回手紙を書いたのは ちょっと報告があるのです
電話で話そうか どうしようか迷ったのですが
たまには手紙もいいかなって思って…
報告します。
正ちゃんと 快と 蛍は 富良野に帰ります。
驚いた? 急な話でこちらも戸惑っていますが 来月には引っ越します。
先月 中畑のおじちゃんから連絡が来て 仕事を手伝ってくれないか
という話でした。何でも娘婿さんが旭川で新しい会社を起こしたらしく
そこで働かないか?と言うことで。
正ちゃん 始めは牧場の件のこともあってあまり乗り気じゃありませんでした
そうしたら その娘婿さん わざわざこっちまで来て
「正吉さんの力が必要だって」 正ちゃん そう言う熱いのに弱いから…
それと何か思う事があるようで。 そんなこんなで 決心したのです。
丁度こちらの仕事も一区切りついた事もあって 来月の引越しになりました。
しばらくは富良野から通い 父さんの家で一緒に暮らします。
蛍は今から皆に会えるのを ワクワクしています。
咲ちゃんはどんな顔をしてるんだろう とか 父さんは老けたのかな とか
おにいちゃん相変わらずだろうな とか。
それでは来月。結さんにもよろしくお伝え下さい。
蛍 より"
"え~~帰ってくんのかよ そうか~ 帰ってくんだ~"
結 「どうしたの?純 何かニヤケてない~?」
純 「う~ん 蛍たちがな 帰ってくるんだって」
結 「ほんと~!いつ?どこに住むの?ね?」
純 「来月だって 富良野に住むって 父さんのところ」
結 「きっとお父さん喜ぶね じゃさぁ これからは直々会えるね~」
"正吉と会うのは何年ぶりだろう 4年 いや5年も経っていた
お互い傷つき ボロボロになり あてもなく富良野の地を離れた
あれから俺たちは成長したのだろうか?
人として 男として 何かを成しただろうか?
俺は正吉の前に堂々と立てるのだろうか?
この数年間 いつも正吉が僕の心の中にいた
兄弟のように育ち 親友であり 弟でもあり 男として尊敬している 正吉。
僕は おまえと会うことを 少し戸惑い そして 思い切り待ち望んでいる"
~1ヶ月後~
富良野 五郎の家 時計の音 ボーンボーンボーン…
純 ぼんやりと時計を見る 五郎 胡座をかきウトウトとする 眼鏡がずり落ちる
ガラッ 玄関の扉が開き 勢いよく結が入ってくる
結 「来た!来たよ!正ちゃんの車!」
純・結 外へ出る 車が近づく 後部座席にはたくさんの荷物が積んである
正吉 蛍 快 3人の顔が見える 純のすぐ前で車が止まる ドアが開く
正吉「オス…」
純 「よぉ…」
向こうのドアから蛍と快が降りる 結が迎える
純 「…元気 だったのか…?」
正吉「あぁ元気 元気 でしたよ… お・兄・さ・ん」
純 「……んなぁろ!な~にが お・兄・さ・ん だ!」 2人 笑う
正吉「父さんは?」
純 「な・か 」 家の中を指差す
結 「嬉しくて仕方ないみたいですよ」 笑う
蛍 「ただいまっ!父さん!」
五郎「おお おかえり で 快は? 快は どぉした?」
純 「ここにいるよ~ ほら快 じいちゃんだよ~」
五郎「おおぉ 快ぃ~ 元気だったかい~ こっちおいで」
五郎 快を抱き寄せ体中を撫ぜる 快 少し迷惑そうな顔
大きな荷物を抱え 正吉が入ってくる
正吉「…父さん たいへん ご無沙汰してました…」 深々と頭を下げる
五郎「おぉ正吉 元気そうで…いやぁ なぁんもだ よく来た ん おかえり うん」
"それから皆で夕食を食べた 父さんは誰よりもはしゃぎ 僕らは笑い疲れた
いつ以来だろう 皆が揃ったのは。 いや 今は快や咲太までいる
それは 初めてのことだった。
母さんの写真が いつもより優しく微笑んでいるように思えた
父さん 3人で暮らし始めたこの富良野に 今は7人が揃いました
父さんが根を張った木は すくすくと枝葉を伸ばし 大木になろうとしています"
正吉 純にビールを注ぐ
正吉「なぁ純 仕事 どうだ?札幌でちゃんと暮らしてるのか?」
純 「うん…まぁ ボチボチとな それより結がさ コンサ コンサってタイヘンよぉ」
正吉「コンサって? …札幌のサッカーチームのか?」
純 「そう 知ってる?J2で最下位だぜ 最下位。でも応援は熱いんだぁ」
正吉「そっか~ 結ちゃん応援してんのか いや俺もサッカー好きでさ
向こうでも時々試合見に行ってたんだ 今度一緒に連れてってくれよ 兄さん」
純 「だから その"兄さん"ってのやめれって 痒くなんの!」
正吉「なぁ結ちゃん 今度コンサドーレ連れてってよ」
結 「えっ!正吉さんコンサに興味あります?ほんとほんと!じゃ選手教えてあ…」
純 正吉の頭を抱え引き寄せる 2人低くなり 小声で話す
純 「…ばかっ 結にコンサの話させたら 止まらんぞ…」
正吉「ま まじ かよ・・・」
"それから2時間 結の演説は止まらなかった・・・
父さんは酔っ払って寝てしまい 快も咲太も その横でぐっすり眠っていた
よせばいいのに蛍まで行きたいと言い出し
結局翌週の試合を皆で見に行く事を約束した
やはり 結の熱さは 伝染するようだ"
純 「じゃ そろそろ帰るわ 父さん起こさなくていいからさ そんじゃ」
結 「それじゃ 正吉さん 蛍さん 来週ね」
正吉「うん 来週 それじゃ 気をつけて に・い・さ・ん」
純 「だ~か~ら~ … おやすみ」
翌週 厚別競技場。朝7時半 仲間との集合場所に着いた純一家と蛍一家
正吉 「笠松正吉です 純の義弟です」 蛍「蛍です 妹です 息子の快です」
れい 「ほ た る ちゃん?蛍ちゃんだよね?れいです 覚えてる?わぁ懐かしい~」
Rンバ「おぉ また仲間が増えた~ 嬉しいっす Rンバです よろしく」
正吉 「こちらこそです」
蛍 「ちょ ちょっとお兄ちゃん 何でれいちゃんがいるの?結さん大丈夫なの?」
純 「うん まぁ話せば長くなるけど まぁ見ろよあれ あんな感じ 大の仲良し」
蛍 「…ふ~ん 不思議だねぇ…」
純 「不思議だよなぁ…」
"この試合もコンサドーレは勝てず 結局最下位を脱出することは出来なかった"
結 「あ~残念 また勝てなかった」
蛍 「でも最後惜しかったよねぇー もうちょっとだったのにねぇー
けど結さんがハマるの分かる すんごくおもしろかった~ また来よう~」
正吉「ほんと ほんと ゴール裏 すんごいわ 俺 鳥肌立ったもん また来よう」
純 「だろ~」 れい・結 「でしょ~」
"その夜 蛍たちは我が家へ泊まることになった 結は忙しく夕食を作りながらも
コンサドーレの話は止まらなかった なぜか蛍も負けずに語っていた
どうなってるんだか… 僕の周りの女性陣は…"
夕食の終えたテーブル 純と正吉 子供と母たちは奥で遊んでいる
正吉「なぁ純 俺な ほんとはな 帰ってくる理由 ずっと探してたんだ」
"突然 正吉が真剣な顔で そう言い出した"
正吉「おやじさんの事 ひとりにさせたくなかったし 蛍や快にも近くに居させたかった
それにな 俺たち皆バラバラに暮らしてるだろ それじゃダメなんじゃないかって
家族なんだから もっと結び合って暮らさないと ってな…」
"ちょっとドキッとした いや それは ショックに近かった。
それは僕自身ずっと心に思っていたこと。
僕がやらなければ ならなかったこと。
それを正吉は行動に移した"
正吉「俺は黒板の人間だと思ってる。
だから何とかしたかったんだ …出しゃばったか?」
純 黙って首を横に振り ぼんやりとグラスの淵を指で辿る
"父さんや蛍の嬉しそうな顔を見れば その行動が正しかったのがよく分かる
ありがとう 正吉。 おまえの行動が 僕らをまた家族にさせてくれた
目に見えない 細くなった糸を 繋いでくれた
ほんとに ほんとに ありがとう 正吉…"
正吉「何だよ 何か言えよ なぁ純」
純 「……うん 何か おまえらしいなぁ…と思って…」
正吉「そっか…俺らしいってかぁ…分かんねぇけど そっか…」
純 「………ありが…と… 」
章吉「ん?何?今 なんて言った?」
純 「な~んでも ねぇ~よ」
"父さんがしっかりと握って離さなかったもの
どんなに遠く離れようと 繋いでいてくれたもの
今回 正吉の決意に 結のたくましさに それを教えられました
父さん 今度は 僕が それを持っていいですか?まだ頼りないですか?
今 僕の中に芽生えた 小さな決意を いつの日か 父さんに負けないくらい
大きな木に育てたいと そう誓っています
形のない 不確かなもの。 でも大切な 僕らを結ぶ 絆を。
父さん 今度 一緒に サッカー 行きませんか?
興味ないかもしれないけど 結がきっと喜びます。きっと すごく喜びます。
正吉と一緒に来てください 待っています"
富良野 初夏。
とうきび畑の中を走る 快 追いかける 五郎
青々と澄んだ空 微かにセミの声
「北の国から 04 絆」 完