札幌ドームには別名 ”セレブ席” と呼ばれる超VIPな席があるらしい
そんな噂は耳にしていた。
だが いつまで経っても その席へと案内される事はなかった。おかしい。
私ほどのセレブが なぜいつまで経っても そこへ案内されないのか?
ドームの不手際か?クラブの不手際か?それとも社交界の圧力か?
いや もしかしてそんな席自体 存在しないのではないのか?
そんな事を思い始めていた。
だが 先日 とうとう その時が来た。
浦和戦 熱気に包まれた翌日。私は札幌ドームに居た。そのセレブな席に。
目の前で行われていたのは 紛れもなく サッカーの試合。
だが観客は私を含め僅か数十人。その日はそのゾーンしか開放されてなく
皆がセレブな席で観戦していた。おそらく世界各国のセレブだろう。
よく見れば 先日 舞踏会でお会いした方も。この席に相応しい面々だ。
そうしてセレブリティご観覧試合が始まった。
対戦カードは コンサドーレ札幌U-18 対 ジェフユナイテッド千葉U-18
札幌ドーム前へ到着したのは 試合開始と同時刻の午前10時。
36線沿いのセイコーマート付近で車を降り 急いで階段を登った。
すでに試合開始に近い。私は焦った。必死で登り 北ゲートが見えた
が その時 ガク然とした。そこに全く人影がなかったのだ。急に不安が襲う
前日の浦和戦では人で溢れ返っていた北ゲートに 今は誰もいない。
今日ここで試合があるはずなのに誰もいない。焦る。入り口を探した。
だが どこにも見当たらない。誰かに聞こうにも どこにも人がいないのだ。
”どうしたらいい?誰か助けてくれ” そう心で叫んだ。
当時まだパンピーだった私には お付きの人はいない。案内の人もいない。
だがドームは張り紙1つ出さず それはまるで私を拒んでいるかのようで
思わず泣きそうになった。だが ここで泣くわけにはいかない。
ならば 探すしかない。何としてでも入口を探し出し サッカーを見る!
そう心に燃えていた。と その時 遥か前方に人影を発見した。
やった あの人について行こう!
まさに救世主だった。砂漠で見つけたオアシスだった。
さっそく さり気なく だけど 超絶に崖っぷちな精神状態で 後をつけた。
すると 前方の人が曲がる。そして北と南を結ぶ 連絡通路に入って行く。
なんだ そっちだったか。そう安心し 少し急ぎ足になった。
すでに試合時間は過ぎている そんな焦りもあり 更に足早になった。
が その時 驚くべき事態に!
オレ 前の人を抜かしてた
やばい。オレ先頭。だけど入口知らない。どうする?どこ?入口どこ?
その時 本当に泣こうと思った。今なら本気で泣いていいとさえ思った。
がしかし 迫る試合時間 見つけられない入口 だけどオレ先頭
その状況にだんだん腹が立ってきた。何 抜かしてんだよオレ。バカかオレ!
もはや どうにもならない状況に陥った。オレ先頭で何mぐらい歩いただろう
それは果てしなく長く感じ 先頭としての重圧に押し潰されようとしていた。
と 次の瞬間。入口らしきものを発見した ここか? ここが入口なのか?!
その喜び 分かるだろうか。遭難中の山小屋だ。隊員全てを救った隊長だ。
”みんな これで助かったぞ!” と言いたかったが 隊員は1人しかいなかった。
それでも 計り知れない責務を果たした気持ち分なった。
そうして ようやく辿り着いた入口。それは 南北連絡通路の中央にあった。
入り口横には 係の人らしき人も居る。間違いなくここが入口だ。
知ってた風な顔をして入った。
「そこの入口は セレブな人しか使えないらしいよ」
いつだったか そんな噂を耳にしていた。
その入口横には喫煙所があり そこでタバコを吸った時 誰かが言っていた。
”セレブな人か・・” と つぶやき 芸能人やアラブの大富豪が使う入口なんだ
そう思っていた。自分には縁遠い入口なのは間違いなかった。それがここ。
”南北連絡通路内西ゲート3” である。
長ったらしい名前が いかにも秘密の入口っぽさを醸し出している。
たぶんセレブな方々は ある種 暗号のように この名称を使うのだろう
「待ち合わせはNPRT NG3で」とか言うのだ。さすが世界の富豪である。
だが よく考えると ドームでアラブ人に会った事はない。見た事もない。
西条秀樹にも会ってないし 井川遙を目撃した事もない。とすればどうだろう
本当にこの入口をセレブな人が使ってるのだろうか。ただの噂ではないか?
そんな疑問さえ 持つようになっていた。そんな憶測を重ねながら
私は とうとう セレブな世界へと 踏み入れた。
NPRT NG3のドアは開いていた。おそらく純金製だ。
ちゃんとは見なかったが 横にいた人はタキシードに蝶ネクタイだったはず。
ドアを開け入ると そこは見慣れたドーム内になった。
だが その日は間仕切りをし 他の場所へは行けなくなっている。
更に進むと その先にあるもう一つのドア。そこからは未知の世界だった。
その先があるのは知っていたが 入った事はない。それは当然である。
そこは 私らパンピーには 決して入る事の出来ない
セレブな世界への扉だった。
勇気を持って先へ進んだ。入ると小さな部屋になっていた。入口ルームだ。
小さなBARカウンターもあった。いつもなら黒服のフロントがいるのだろう
そしてパンピーかセレブかのチェックをされ オレは叩き出されるはずだ。
だが今日は違う チェックはない。大手を振って セレブ通過が出来るのだ。
高まる気分と共にその先へ進む。すると奥に階段があった。3m程の階段が。
”こんな所に 秘密の階段があったのか・・” そうショックを受け 見上げる
他のどこより短い階段。もしかしたらエスカレーターかもしれないと思い
少し止ってみた。が そこは自力だった。まぁ当然っちゃ当然ではあるが
セレブ用となればあるかもしれん と思った。そして登る。すると 目の前は
緑のピッチが広がった。
何と言う簡便さ。何と言う開放感。そして 何と言う絶景。
NPRT NG3 いや西ゲートから入って僅か1分18秒で その席に着いたのだ。
あの方たちは これほど簡単に これほどの絶景を 手に入れていたのか。
やはりセレブな人たちは違う。我々パンピーとは全然 違っていたのだ。
そんな絶望的庶民感覚を喰らいつつ ”今日は オレもセレブだ” そう切替えた
そして席を探す。この急造セレブなオレに相応しい超豪華な席は どこかと。
と その時 笛が鳴った。
一瞬 ビクっとなった。怒られる と思った が 違った。試合中の笛だった。
試合は とっくに始まっていたのである。笛のは ゴールの合図だった。
私がセレブ席に着いた と同時に コンサドーレユースが失点していた。
失点にガックリしつつも 良い席を探し 座った。と 次の瞬間 衝撃が走る。
ち 違う。いつも座ってるイスと 全然違う。フカフカじゃないか!
高級革張りのゴージャスなイス。厚みがあり ケツも背中も快適な座り心地。
おまけに座席の下には小さなカゴが付いてて そこに小物を置く事が出来る。
たぶんセレブな方は そこにメッチャ高いバッグや でっかい宝石を置くのだ
だが私はあえて ジュースの入ったコンビニ袋を入れてやった。それでいい。
そして肘掛け。これも違う。まず長い しかも幅が広い。このくらいあれば
隣の人とどっちが使うかで争う事はない。あの静かな争いが起こらないのだ
しかも肘掛けの先にはドリンクホルダーがある。飲みたい時にすぐ飲める。
パンピーの方は一回 前へ手をやって それを持って ようやく飲める。
だがサッカーの試合 そんな事してたら ゴールシーンを見逃す危険性がある
そういう不運が 必ずパンピーには付きまとうのだ。その点 このセレブ席は
そんな問題は起きない。肘掛けの先だから パッと飲んで パッと置ける。
視線も動かす必要はない。これならゴールシーンも見逃さない。
さすがだ。セレブな席は そんな所まで考えられた設計なのである。
それと見やすさの配慮で気がついた事がある。席の前に仕切りがあるのだ。
その仕切りには 小さな穴が空き 前の人の気配は感じる。
だが 頭が邪魔になる事はない。前の人の存在がほとんど気にならないのだ。
パンピー席だと 試合中 前方の席の人が気になる事がないだろうか。
頭が動いたりすると そっちに気が行ってしまい 集中力を削がれるのだ
そしてゴールシーンを見逃す。だがこの仕切りのお陰で そんな事態にならず
目の前の試合に集中する事が出来る。実に素晴らしい配慮ではあるまいか。
また小さな穴があるため 音や臨場感は損なわれてない。まさに完璧である。
これはきっと超セレブな人たちのためにNASAが開発した物に違いない
あの人たちは ちょっと頼めばNASAさえ動かせるのだ。さすがセレブだ。
そして 何と言っても ”ゆったり感”。これがパンピー席とは決定的に違う。
まず 座席の幅が広い。フカフカで広いのだ。座り心地が超良過ぎる。
そして座席前のスペースがやけに広い。例えば階段側に人が座ってたとする
この時パンピー席なら「ちょっとすいません」を連発しながら通るはずだ
だがセレブ席ならノープロブレム。問題なく通れる。軽いダンスも踊れる。
それぐらい広いのだ。どうだろう この広さ。この ゆったり感。さすがだ。
だがセレブな人は通る時一人一人に挨拶する「ごきげんよう」と。
それが ここのルールなのだろう。もし これからセレブになる人がいたら
忘れずに挨拶してほしい「ごきげんよう」と。それがセレブの証しである。
こうして私は いつもの席風な顔をして 初セレブ席へと座った。
目の前ではユースが素晴らしいゲームをしていた が それどころじゃない。
このセレブでアラブ的な席を満喫しようと そればかりに心を奪われていた。
フカフカのイス。ゆったりのスペース。透明な間仕切り。
独り占めの肘掛け。素敵なドリンクホルダー。
ありとあらゆる箇所を見ては 感心した。そして しばし楽しんだ。
こんなゴージャスな席が 本当にあるんだ。そんな夢心地に浸っていた。
噂によると この席ではドリンクが出るらしい。頼んでもいないのに だ。
きっとバニーガールのようなコスチュームの ドームガールが運んでくるのだ
しかも ”お替り自由” らしい。ウチのカミさんの大好きな言葉 お替り自由だ
ファミレスのサラダバーなら その場で食うぐらいの勢いの お替り自由だ。
素敵過ぎる。ドームガールが優しくオーダーを聞き そして運ばれるドリンク
そこまでするなら きっとフルコースディナーもあるはずだ。
あれだ シェフが横でステーキとか焼いてくれる。で「焼き方は?」と聞く
だがら おじさんは「一生懸命に!」とかオヤジギャグを言ってみるんだ
だが しーんだ。だから セレブっぽく「じゃ ブルーで」とか言ってみるんだ
けど どんなのか知らんから 出されてから「もっと焼けや!」って逆ギレだ
と そんな 色んな事を妄想して 楽しんで。そして出した答えは。
オレに この席は 合わない。
そう思った。
”ドームに 超セレブな席があるらしい” そんな話しは聞いていた。
ただの噂話しだろう そう思っていたセレブ席。だが その席は 実在した。
ゆったりとくつろぎ サッカーを 野球を イベントを楽しむ。
そんな素敵な時間を演出してくれる ドームのセレブ席は実在したのだ。
我々パンピーには 生涯 縁のない世界だと思っていた。
だが 今回 幸運にもVIPな気分を味わう事が出来た。
その心地よさは 私の想像を遙かに超え まさにセレブリティな世界に浸った
フカフカのイスに ゆったりした空間 肘掛けにドリンクホルダー。
残念ながらドームガールはいなかったが いつか本当のセレブになったなら
その時はきっといるのだろう。そうなれるように頑張らなければと思った。
だが 違う。何かが違う。
そうだ 私は サッカーが見たいのだ。サッカーを楽しみたいのだ。
求めているのは フカフカじゃない。ドリンクじゃない。ゆったりじゃない。
ドアからドアへの簡便さじゃない。そんなのは お偉い人だけでいい。
オレが見たいのは サッカーなのだ。選手たちの輝きなのだ。
スタジアムで求めてるのは 息苦しいまでの熱気なのだ!
だから情熱の充満したパンピー席でイイと。そこが 私の居場所と思った。
狭くたっていい 肘掛が使えなくたっていい 前のヤツが邪魔だっていい
あの熱気が あの熱い空間が 私達の居場所なのだ。心地良さなのだ。
セレブな席に座るのは もっともっと経ってからで良いと そう思った。
札幌ドーム中央。センターラインの延長線上に その席はある。
レッズ戦 びっしり埋まったスタジアムで ひと際 異彩を放つ場所があった
赤黒と赤で埋め尽くされた中 スタジアム中央にぽっかりと浮かぶ 黒い座席
そこが超VIPな方々が座る セレブ席である。
今度 ドームへ行ったならば そこへ座る人たちを よくよく観察してほしい。
おそらく 落ち着かない人が何人もいるはずだ。
”本当は もっと熱い席へ行きたい” そう思っている人たちが きっと多くいる
クラブへの貢献のために 高額なその席を あえて買った人がいるのである。
その人たちの中には フカフカのイスや ゆったりや ドームガールやシェフや
いろんな快適を投げ捨て パンピーに混ざっているセレブが きっといる。
どうか その方々を優しく 見守ってほしい。
札幌ドームには セレブ席がある
それは都市伝説ではなかった。
その証明を ここに記す。
■コンサドーレ札幌U-18(3-3)ジェフユナイテッド千葉U-18
面白い試合だった。札幌8番君が良かった。