もしかすると 応援し続けられるのは 幸運な事じゃないだろうか。
5~6年前だろうか。 コンサドーレを応援する事で 知り合った人がどんどん増え
結構な数になった。「せっかくだから グループにしょうか」 と 知人が発起人になり
OSC(オフィシャルサポーターズクラブ)を立ち上げる事になった。
OSCとは 私設応援団的なもので 名簿を作り グループとして登録するもの。
グループと言っても 常に固まるわけじゃなく 単に気持ちの繋がり的なもので
それぞれ違う場所で応援していたし 主な活動は “時々飲み会を開く事” だった。
当時は本当に楽しく スタジアムに行けば何人もの友人がいて 挨拶し 会話する
また飲み会を開けば 毎回 大騒ぎをして 「こういうのはイイな」 と思っていた。
だが そのOSCも 活動したのは1年ぐらいだっただろうか。
人が集まって何かをして行くのも簡単じゃなく。 様々な事情や 気持ちの問題や
トラブルなどもあって 続けるのは難しくなってしまった。僅か1年ほどで。
こうした 「応援する事で 一時は仲良くなったが 何となく離れてしまった」 という
経験は 多くの人がしたのではないかと思う。OSCの解散 とまではいかなくても
気持ちが合わなくなった人や 以前はよくスタジアムで会ったが 来なくなった人
など考えると数人は浮かぶのではないだろうか。
そうした 離れて行ってしまった人たちに 責める気持ちはなく。
それぞれの事情があって 例えば仕事であるとか 家庭の事情とか または単に
気持ちが萎えたなど それなりの理由があるのだから 仕方がない と思ってる。
また応援は 自分の出来る範囲で 無理をせずにやるものだから
自分のスタンスで関わればいいんじゃないか というのが持論でもある。
結局 応援は個人のものだから。
日曜の試合。スタジアムで偶然 知人と会って 隣の席で観戦する事にした。
その知人とは 知合って10年ほど経つだろうか。当時 彼が働いていたのは
深夜の工場。 アルバイトだった。
人間のメカニズムは 朝起きて 夜寝る という仕組みになっている。
それを真逆で生活するのは どれほど大変か 普通では分からないものだろう
夜 出勤し 朝 仕事を終える。そんな生活を 彼はしていた。
「まだ 深夜のバイト 続けてるのかい?」
そう聞くと 「相変わらずで」 と言い 少し切なく笑った。それは 決して良い環境で
暮らしていない事を物語るような笑みだった。オレは何も返せず ただ黙った。
考えてみると 試合のある日は 夜 働いて 少し寝て スタジアムへ行く そんな事を
十数年も続けて来たのだ。 だが それでも彼は 応援する事を止めていない。
きっと 簡単じゃない。
「普通じゃない生活環境」 と 「コンサドーレの応援」 この2つを続けて来た事は
きっと簡単じゃない。好きでやってる事だから 決して 褒め称えるつもりはないが
両立している事を し続けている事を 尊敬する。
試合中 色んな話しをしながら観戦し 応援し 勝利を喜び合った。
ただ試合終了の笛が鳴った瞬間 彼はすぐさま持って来たバッグに荷物を詰めた
「もう帰るのかい?」 と聞くと 「ヒーローインタビュー聞きたいんだけど」 と言い
「帰って 眠なくちゃならないから」
そう言って席を立った。その時 彼が寝ずに ここに来ている事を 改めて 知った。
その日は 3時試合終了 アルバイトは8時から 3時間寝れるかどうか。
そんな両立を 彼は十数年も続けてる。だが気持ちの熱は少しも下がってない。
触発。
サッカーを通して知合った人たちには いつも触発される。
300km離れた町から来る人 たった1人を応援し続ける人 年間50試合見る人
そして 寝ずにスタジアムへ来る人。 いろんな人がオレを触発する。
それが仲間を持つ事の 最も大切な事ではないだろうか。
一人なら自分だけのスタンスで応援でき わずらわしさも感じないが
一人なら 刺激を受ける事も 触発される事もない
誰かの気持ちや行動に刺激され 触発される。そうして情熱を保てるのだ。
だから 仲間は いないより いた方がいい。
そう思う。時々わずらわしくなったり 意見が違ったりする事はある それでもだ
友人たちは 知らずに 自分を助けてくれている。そういう存在ではないだろうか。
今はコンサドーレから離れてしまってる友人達も いつかまた戻って来れるように
時々は会って 連絡して 引っ張って 完全に切り離さないようにしたい。
それが 今 応援してる 出来ている人たちの役割に思う。
応援し続ける事も 簡単じゃない。
仕事や家庭の事情 または気持ちの問題も 応援を続ける事の妨げになる。
実際スタジアムから離れてしまった友人には 仕事が忙しくなった という人が多く
また ウチがそうだが 家族や親の事があって 時間が取れない人もいるだろう。
家族の中で応援するのが自分1人になった という場合も 行きづらいだろう
経済的な事情も 多くの人が持ってる難しさではあるはずだ。
こうした “応援したい気持ち” はあっても事情で行けないのは なお更 苦しいはず
そうする内 熱も冷め いつしか 情熱と事情の折り合いをつけてしまうように思う。
だけど 事情に負けないようにしたい。 負けないよう 工夫して 応援し続けたい。
そのために 時には 友人の力を借りて 刺激を受けて 触発されて
時には 自分自身で努力して 気持ちを燃やして そうしながら応援して行きたい。
それでもダメになった時 情熱が冷めそうになった時 きっと友人が助けてくれる。
応援は 自分ひとりじゃない。 だけど 自分ひとりの戦い でもある。
様々な事情と格闘しながら 交わしながら 工夫しながら 続けて行きたい。
熱く 落ちついて 時には頑張って 時には力を抜いて 続けて行きたい。
スタジアムには そうして戦って来た人たちが 集まっているのだ
当たり前に来てるように見えて 実はいろんな事情と戦って そこへ来ている。
もし何の弊害も無くスタジアムへ来れたのなら それはきっと幸運な事である。
時間も 気持ちも 経済的なものも また 家族や仕事も 何の弊害もなく
スタジアムに来れて 応援できる人は 数少ない幸運な人なのだ。
当たり前のようで 実は当たり前じゃない幸運を 知っていてほしい。
そして 継続し続けるためには 自分自身の気持ちが大切な事も。
「それじゃ バイト 頑張れよ」
私がそう言うと 彼は 「うん 頑張るよ」 と答えた
そして こう続けた
「少しでも 寝れるように 頑張るよ」 と。
色んな人が 色んな事と 戦って そこに来ていた。